第10回
光風暦471年10月1日:ジョー、正体を語る
テュエールが乾いた笑い声をあげる。その顔には、かすかに恐怖の色が見て取れる。
「は、ははは。何を言い出すのかと思えば、僕を殴るだって?
忘れてないかい、君には過去に使った『時空剣』の反動があるってことを。
かつて少年だった君は、未来の君の力を前借りして僕に勝った。でもその反動で、いまや『霽月剣・最霽』とやらでも僕に傷を負わせることができなかった」
テュエールはそのまま、畳みかけるように話し続ける。そうして、自らの不安を払いのけようとしているのだろうか。
「分かったか、君は無力なんだ。さっさと僕に倒されるべきなんだ。そして次には、僕がこの人間達をじわじわとなぶり殺しに」
「ぐだぐだうるせえ!」
いつまでも喋り続けるテュエールの腹に、ジョーが拳を叩き込んだ。
その場の一同は、一様に目を疑った。
なんと速く、そして重い一撃か。テュエールの先の一撃が、児戯にすら思えてくる。
これまでジョーが繰り出していたとぼけた様子の攻撃とは、まるで違っていた。
その拳がテュエールに直撃した瞬間、周囲を揺るがす振動とともに、景色が歪んだ。
そして、ただの殴打が大爆発を引き起こした。まるで、隕石が地上に落ちたかのようだ。
テュエールは、長広舌を振るおうとしたまま、血の一滴まで粉砕された自らの体を散らしながら、無様に吹き飛んだ。
攻城兵器が岩石を飛ばすかのように、テュエールはどこまでも軽々と飛んでいく。そして、はるか遠くの広間の壁面に激突し、それを派手に崩しながら埋もれていった。
「すごい……なんてすごいのだ」
ダンがつぶやいた。傍らのナイも、目を丸くしてつぶやく。
「神の超絶的な力に、まったく格負けしていない。それどころか、圧倒的に凌いでいる。私達が試合を挑んだジョーさんは、これほどに」
それが耳に届いたらしく、ジョーは楽しそうに言った。
「まだまだこんなもんじゃないぜ。あいつも、そして俺もな」
その言葉を合図にしたかのように、崩れた神殿の壁が轟音をたて、中からテュエールが立ち上がってきた。
その腹は半分近くも吹き飛ばされ、大穴が空いている。おびただしい血を吹き出しながら、テュエールは口元を歪める。
「なぜだ。なぜ僕にこれほどのダメージを負わせることができる。この僕に!」
「『時空剣』の反動なんか、一回負けたら終わりだっての。昔一回勝って、この前は代わりに一回負けた。普通に考えて、それでチャラだろうがよ」
涼しい顔をして、ジョーは笑っている。
「ふざけるな、ふざけるなよ、人間。お前なんか、この僕が本気を出せば」
そして、見る見るうちに自らの傷跡を塞いだ。驚くべき再生能力だ。これもまた、神の力なのか。
テュエールはさらに、白銀に輝く防具と長剣を呼び出してその身にまとった。彼の幼い体には不相応にしか見えない重厚さだ。
しかし、彼にそれを十分に使いこなす能力があることは疑いようもなかった。
テュエールの様子を見ながら、ジョーはエブリットに言った。
「エブリット。剣を返してほしい」
一も二もなく、エブリットは素直にうなずく。ジョーはそれを見届けてから、エブリットの傍らに落ちていた剣を拾い上げる。
エブリットはその時に、ただ一言、ジョーに尋ねた。
「勝てますか?」
ジョーは、いつもの無邪気な笑顔をエブリットに向けて、答えた。
「もちろんだ。お前さん達に、この世界に生きる人間でよかったと思わせてみせるぜ」
ジョーは聖剣『勝者の剣』を、皆の前で初めて構えた。黒い鞘がひとりでに霧消して消え、分厚い銀の刀身が姿を現す。
そして同時に、自らの防具である黒い『勝者の防具』を召喚し、その身にまとった。
屹立する戦士の雄姿に、レイザンテの長グリニスが、感慨の混じった言葉を発し、深々と一礼した。
「『運命の戦士』セイリーズ・ジョージフ・ドルトン陛下。レイザンテで私達を救ってくれた戦士の正体。またお会いできたこと、心から嬉しく思います」
イルバランの神殿の子供達が、ひそひそと囁き合う。
「あれが悪のザコなの?」
「嘘だろ、かっこいいじゃんか」
「でも黒いから、やっぱり悪かな」
「でもでも、悪だけど僕達の友達だよ。だからまた一緒に遊んでやるんだ」
「うん。そうだね」
この短い間に、ジョーは見事なまでに人々の不安を払拭していた。
反面、窮地に陥れられたテュエールからは、余裕が剥奪されていた。
「僕の本気を見せてやるよ。君だけは絶対に殺す」
そして、両手を固く握り締めてのけぞり、獣のような叫び声をあげた。
「う、ぐっ。これがテュエールの真の力なのか!」
エドワードが直視することすらできずにうめく。テュエールの全身から黒い霧のようなものが吹き出した。彼の目が赤く光る。
そして見た目の変化と同時に、彼の発する殺気が数段跳ね上がった。なんという恐怖の顕現か。のしかかり、押し潰してくるかのような重苦しい殺気。この場にいるだけで発狂しそうだ。
「『質量』を司る神、イヴァクス・テュエール。勝負だ、人間」
だが、それでもジョーは動じない。むしろ、ますます楽しそうに見えた。
「奢りを捨てたな。男前だぜ。
俺も全力で戦うぞ。いざ尋常に勝負だ」
その刹那、ジョーが光った。朝日の色に。彼の剣と防具が、明るく柔らかな光を発しているのだ。
そして彼もテュエールと同様、新たな闘気をその身にまとった。
それはとても強いが、威圧的なものではない。逆に周囲を奮い立たせる、ある種の頼もしさをそなえていた。
「清き思いを助けるために。抗し難い運命の壁を打ち砕いて、未来を拓くために。『運命の戦士』は常に、そのためにある。
人の持つ強さ、人の究極の姿を、心して見るがいい」
そしてジョーも、決然と名乗りをあげた。
「『光の戦士』セイリーズ・ジョージフ・ドルトン、まいる」