第8回
光風暦471年10月1日:魔王降臨、そして
『素直に言うのは癪だけど、君の言う未来が見てみたくなった。だから、僕もこの先は』
現れたのは、「魔王」と呼ばれて恐れられた、「悪」の属性を持つ主神。その場に立つだけで、異様なまでに張りつめた緊張感が漂う。
「魔王、ダルシンド」
エブリットは、戦慄によって乾いた声で、突如として現れた恐怖の象徴の名を唱えた。
そんなエブリットの様子を見て、ダルシンドは淡々と語る。
「皆にばかり戦わせているのでは、この世を作った者として恥じねばならぬゆえな」
そしてダルシンドは、ぶっきらぼうにこう続けた。
「信仰を集める存在である神は、当然において、理不尽な困難に直面した者を助ける。
それに、あのセイリーズ・ジョージフ・ドルトンめには、いささかの思い入れもある。ゆえに奴の留守の間、少しだけこの場も助けておこうと考えた」
エブリット達の想像の範疇にはない答えだった。魔王ダルシンドが、ジョーに思い入れを持っている。
そのことに驚く戦士達に、バートラムが言った。
「ジョーがこれまでに築いてきたものの大きさが、ご理解いただけましたか?
今も各所で、ジョーの友である多くの戦士達が戦っています。私達は、ジョーが引き合わせた仲間同士。互いの力を支えにして戦いましょう」
事実、エブリットやクローディア達の心にも、希望の光が見えてきていた。
そんな彼らの目には、再び力がこもり始めていた。
それを見届けたダルシンドは、こう言い残し、身を翻すとその姿を消した。
「ともに戦い抜くとしよう、戦士達よ」
しかし、どうしてもこの形勢を認めたくない者がいた。テュエールだ。彼はダルシンドに対する疑問を口にする。
「あれは、本当にフォルト・ダルシンドなのか? 僕達のもとから逃げた、あのダルシンドなのか?」
アルゴスがそんなテュエールを笑った。
「間違いなく本物だろうな。しかし、それを確かめてどうする。
重要なのは、貴公の守護戦士である神が滅ぼされたという事実ではないのか」
テュエールは、うわごとのように延々とつぶやく。
「嘘だろ。ゾースティは、僕達の世界から逃げたどの神よりも格上だ。倒されるはずなんてないのに。
この世界に来た神は、逃亡者なんだ。それも、僕より下位の存在ばかり。どうあがいたって、最後は僕が勝つようにできているんだよ。
こんなこと認めない。君達は無力なんだ」
バートラムがそれを否定する。
「長い時の中で、この世の神々は成長を果たした。そして私達も、きたるべき戦いに備えて力を身につけた。世界を救うために。
あなたの守護戦士との戦いも、その結果が形となったまでのことだ」
そして彼は、はっきりとこう付け加えた。
「神よ、現実を直視するのだ。そのために、私達が無力ではないことの証左を一つ語ろう。
あなたが1年前にこの国の町を滅ぼしたという事実は存在しない。
私があなたの記憶を操って、そうできたかのように思い込ませている」
これにはテュエールのみならず、エブリットも驚いた。
テュエールに先んじて、エブリットがバートラムに詰問した。
「どういうことなのです、バートラム陛下! よもや、テュエールに滅ぼされた私の故郷が無事だとでもおっしゃるのですか?」
バートラムは、エブリットに一礼してから説明した。
「異世界神に対抗行動をとられることを避けるために、今まで事実を伏せていたことをお詫びします。
テュエールがあなたの故郷を襲撃したことは間違いありませんが、その時に私が、彼に気付かれないよう、町全体を別空間に転移して待避させています。この戦いが終わり次第、転移を解いて町を復帰させます」
エブリットは驚いて息を呑む。テュエールに至っては、既に言葉もない。
エブリットは、バートラムに恐る恐る尋ねた。それはいみじくも、テュエールの疑問をも代弁する形となった。
「町全体を転移、ですって? しかも、テュエールに気付かれることなく? では、このようなテュエールをすら上回る力を、あなたがお持ちだというのですか?
教えてください、バートラム陛下。あなたはいったい何者なのですか?」
バートラムは、にこりと微笑んだ。そして彼は神殿の入り口へと向かって歩き始め、こんなことを言った。
そこに立っていた人物の肩を叩きながら。
「それについては、この男から語ってもらうことにしましょう。後のことは真打ちに引き継いで、私は他の敵を掃討してきます」
いつからそこにいたのだろうか。そこには、天を衝くような大男が立っていた。
その逆立つ短い金髪や、精悍だがどこか人なつこい顔立ちには、まったくすっかり見覚えがあった。その場の全員が。
その大男は、懐かしい声で一同に挨拶した。
「よう、待たせたな」