第6回

光風暦471年10月1日:思いが繋いだ力

『これだけのことを言ったんだ。その責任はとってもらうよ、いいね? 必ずこの戦いに勝つ、そう約束してもらうよ』


 エブリットの構えた「勝者の剣」がひらめき、空を断つ光の柱となって、テュエールの守護戦士に襲いかかる。

 捕らえた。

 刃はまっすぐに肩口から入り、胴の深くまで食い込んだ。

 そこから血が噴き出し、守護戦士とエブリットの体を染めていく。

「次はテュエール、あなたですよ」

 エブリットは、激しい炎のような怒りの眼差しをテュエールに投じた。

 しかしテュエールは、それを涼しい顔で受け流す。

「残念。まだだよ」

 そして、くすくす笑いながら守護戦士に告げた。

「そろそろ本気を出さないと、本当に倒されるんじゃない? しっかりしてよ、ゾースティ」

 ゾースティ、それが守護戦士の名らしい。

 ゾースティは、意外なほど余裕のある話し方で主に答えた。

「確かに。ここまでやるとは予想外でした」

 そして彼は強引に「勝者の剣」から逃れると、鮮血を散らしながら構えをとり、エブリットに言った。

「私もそろそろ、本気を出すとしよう」

 彼の背から、灰色の翼が生えてくる。同時に、みるみる傷がふさがっていき、出血は止まった。

「我は『停滞』を司る神、ティクマ・ゾースティ。

『質量』を司るイヴァクス・テュエール様の守護騎士、イヴァクセン・ゾースティとして、貴様達を葬る」

 そして彼は、エブリットを睨み据え、無造作に足を踏み出した。

「神の守護戦士の神、ですって?」

 ただならぬ展開に、エブリットはたじろぐ。

 そしてそこに、ゾースティが斬り込んでくる。

 先程とは段違いの速さだ。今度はエブリットが浅く斬られた。

「そうだ。我もまた神。しかも、この世界の主神オーゼスより上位の神である」

 そしてゾースティは、その場で剣を一振りした。

 すると、暴力的な嵐がエブリット達を襲い、広間の縁まで吹き飛ばした。

「く、何を言っているのです。異世界の神であるあなたが、この世の神であるオーゼスより『上位』? あなた達とこの世の神々とは無関係な存在同士でしょう」

 テュエールが口を挟んだ。

「何も知らないんだね。なのに僕達に襲われて死ぬなんて可哀想だから、教えてあげるね。

この世界の神のうち四柱は、僕達と同じ出自の神なんだ。最上位神『リベ・タイザード』の怒りをかって逃走したんだけどね。

そして逃走のなかでこの世界を作って、そこに自らの身を封じたというわけなんだ」

 テュエールは、さらに先を続ける。

「そしていまだタイザード神の怒りはさめやらず、神々は長らく準備をしてきた。オーゼス達を、この世界ごと滅ぼすためのね。

その一環として、今から君達も殺される。復讐したいとか悔しいとか理不尽だとか、そんな気持ちは関係ない。とにかく殺される運命なんだよ」

 沈黙するエブリット達に、テュエールは無邪気な笑顔を向ける。

「まあ、これでなぜ殺されるかも分かって、すっきりしただろう? じゃあ死んでね」

 それを合図に、ゾースティがエブリットに猛攻撃を開始した。

 エブリットの必死の防戦が始まった。

 「勝者の剣」の鮮やかな動きもあって、エブリットは何とか致命傷を避けられているが、傷自体は徐々に増えていく。

「神を相手にここまで善戦するとは感心するぞ。しかし無駄な努力と知れ」

 ゾースティの攻撃が重さを増した。

 速さではゾースティと互角に渡り合っていたエブリットだったが、ここでにわかに力負けし始め、傷が一気に増えた。

 剣が腕に深く食い込み、エブリットは激痛に耐えかねて「勝者の剣」を取り落とした。

 そこに容赦なく追撃が入る。

 エブリットは両腕に深い傷を負った。武器を取り戻しても満足に取り回せない。

 出血も大量で、既に意識が遠のき始めている。

 唐突に押し寄せた危機を噛みしめながら、エブリットはゾースティを見上げる。

 そして、さらに悪いことには、ここで合体の秘術の効果時間が切れてしまった。

 エブリットの体から光の玉が飛び出し、それは合体していた仲間達の姿に戻った。皆、気力と体力を奪われて疲弊した様子だ。

 掴んだと思っていた勝機を、ここにきて完全に失ってしまった。

「所詮、人間の力では神には勝てない。くだらぬ者よ、覚悟はいいか」

 神による引導が渡されようとしている。

 ゾースティは、地にひざをつくエブリットを前に、死をもたらす剣を引いて構えた。

「やめろ!」

「やめて!」

 仲間達が必死に止めるが、もちろんゾースティは聞く耳を持たない。

「残念です、ジョー。私はまだ、あなたにお礼を言えていないのに」

 その言葉を聞いたゾースティが、冷たく言った。

「理解の悪い者だ。セイリーズ・ジョージフ・ドルトンは死んだのだ、馬鹿め」

「嘘です。私は信じません。ジョーは生きています!」

「そうとも。ジョーは生きている。私もそう確信している!」

 エブリットとクローディアが、口々に叫ぶ。

 しかしそれは、ゾースティの怒りを増すことにしかならなかった。

「戯言を。死ぬがよい、矮小なる人間ども!」

 エブリットは、埋めがたい彼我の力量差の前に抵抗を諦め、悔しさを噛みしめながら次の瞬間を待った。

 ゾースティが剣を振るった。その動きは、もはや目で追えない。

 そしてその剣は。

 甲高い衝撃音を立てて弾き返された。

 エブリットの眼前が青い色に染まった。

 初めは、光に照らされたのだと思った。しかしよく見れば、それは違った。

 彼の目の前に一人の戦士が現れていた。エブリットの前に立ちはだかり、青く巨大な盾でゾースティの剣を食い止めた、青い鎧の戦士。エブリットの見た青は、その全身鎧の輝きだった。

 青の戦士はエブリット達に背を向けているので、その素顔は分からない。その手には巨大な斧槍を携えている。そしてその身の鎧はとても豪奢で、ふんだんに纏った布地のためか、まるで衣装のような優雅さを醸し出している。

 そして戦士は、ゾースティに向かって厳然と立っている。

「何者か!」

 思いもかけず自分の攻撃を妨げた者達に対して、ゾースティは怒りを露わにした。

 そして同時に、ランスとエリシアがその正体に気づいた。

「どうしてここに」

「あなたは!」

 こうして怒りや驚きを集めながら、青の戦士が名乗りをあげた。

「我は『運命の戦士』アルゴス・イズナレイ。友を倒させはしない、決して」