第4回

光風暦471年10月1日:不意を突いて

『うん。悔しいけど、君の理屈には反論のしようがない。どれだけ考えても』


 クローディアは、必死に自分を止めようとする。しかし体の動きは完全にテュエールの支配下にあり、指一本として自由に動かせない。

 エブリットが拳を自らの前に構え、そんなクローディアに対して何かを言った。しかしそれは、彼女の叫びにかき消された。

「嫌だ。私は戦わない、決して!」

 テュエールが、さも楽しそうに笑い声をあげる。

「以前の別れ際に言っただろう、この先にあるのは絶望だけだって。今からそれを思い知るんだ、君達は」

 そして得意げに人差し指を立てると、純真な子供そのものの笑顔で付け加えた。

「感謝してよ。僕なりに頑張って考えてきたんだ。どういうお膳立てをすると、君達がより絶望してくれるかなって。

これ、なかなかいいだろう?」

 その発言の間に、クローディアはエリシアの前まできた。そして剣を振りかぶる。テュエールがさらに弁舌をふるう。

「そうそう、気をつけてね。今のスルティエ・エリシアは、本来の能力以上の動きをするよ。

なんたって、この僕が制御してるんだから。

そしてもう一つサービスだ。この人造魔神の真の力、見てみたいだろう?

今まで彼女は遠慮して、真の力を出さなかったみたいだけど、それを僕が引き出してあげる」

 すると、彼女の背中から、ばさりと白い翼が生えてきた。これが、神としてのクローディアの姿。そして同時に、これまでの彼女になかった強烈な圧迫感が発せられた。

 神の威光。テュエールのそれには及ばないが、それでも人々を畏怖の極致に至らしめるには十分なものだった。

 そしてクローディアは、自らの悲痛な叫びもむなしく、とてつもない速さで剣を振るった。

「くっ!」

 エリシアはその動きに槍を合わせにいくが、間に合わない。無理な体勢で剣を受けて、槍を持って行かれてしまった。

 クローディアのとてつもない腕力に負け、エリシアの手から槍が離れ、宙を舞った。

 エブリットが腕を振り下ろし、切実な表情で、クローディアを見ながら何かを言い続けている。しかし、やはり彼女の叫びにかき消されている。

「嫌だ、やめよテュエール! 私を操るな!」

 神の姿を引き出されても、クローディアの意志はまったくの無力であった。

 無手となったエリシアに、彼女は再度斬りかかる。

「ぬうっ!」

 その時、エリシアの前に飛び込んで彼女をかばった者があった。

 フォーラであった。

 彼の右腕が肩口から飛ばされ、そこから激しい血しぶきがあがった。

「フォーラ! あなた、なぜ!」

 エリシアが泣きそうになりながら叫ぶ。

 フォーラは、テュエールを睨み、苦痛に顔を歪めながら、絞り出すような声で言った。

「かつての主であるテュエール神のもとで、自らがしてきたことへの償い……には足りませんが」

 テュエールは軽蔑の眼差しをもって、うずくまるフォーラを見下ろす。

「ふうん。ずいぶん気持ち悪いことを言うようになったんだね、裏切り者のフォーラ」

 フォーラは強がって、口元を吊り上げる。

「何とでも言っていただきましょう。その『気持ち悪い』言葉こそが、今の私には快感なのですよ」

 そして彼は、苦痛に耐えながら話し続けた。

「人間の心など、とるに足らないもの。悩ませて、悲しませることこそが楽しいと、かつての私も思っていました。

ですがユリを操るのに失敗した後、この皆様の知らないところで、私は『運命の戦士』ジョー様に倒されました。

そして、今度は私がジョー様に操られました。自らの気持ちが言葉や行動に反映されず、ただ人々の役に立つようにのみ話し、行動する。そうした強制の術を受けたのです」

 卒倒しそうなほどの苦痛から、フォーラの額に脂汗がにじむ。それでも彼は話し続けた。

「初めは、死にも勝る苦痛と感じていましたよ。人間ごときに尽くすことを強制されるのですから。

ですが、出会った人間達と時を過ごしてその心に触れるにつれ、知らずに私の心は変わっていったのです」

「うるさいよ、裏切り者」

 テュエールが不快そうに言うと、彼に操られたクローディアが、今度は剣をフォーラの胴に食い込ませる。

 フォーラは苦悶の表情を浮かべながら、血だるまになっていった。

「私のすることに対して、心からの感謝が返ってくる。そして、やがて信頼が築かれていく。

それは、決して力で押さえつけて築くものではない」

 一言発するたび、彼の負う深い傷が増える。直視に堪えない、凄惨な姿だった。それでも彼は、言葉を続けた。

「私の知らなかったそうしたことを、この世界の人間達は知っていた。そしてそれを、私に教えてくれた」

 そこまで言ったとき、フォーラの意識が途切れ、そのまま彼は崩れ落ちた。クローディアは、自らの所業に怨嗟の叫びをあげながら、正気と狂気との狭間で悶え苦しんだ。

「くだらないよ、本当にくだらない。この世界は無価値なのに、なんで大事なものを見つけたような気分になってるんだ」

 テュエールは、いたく機嫌を悪くしていた。そして、返り血で真っ赤になったクローディアに、さらなる攻撃を仕掛けさせる。

「させない!」

 今度はランスが立ち向かったが、クローディアの力は強大だった。

 「雷光の騎士」である彼の全力をもってしても、優勢が築けない。

 ソーン達も加勢するが、それでもクローディアの攻勢は衰えなかった。

 時が経つに連れ、ランス達の深手が増えていくばかりだった。

 このままクローディアを助けられず、彼女に倒されてしまうのか。

 テュエールを倒すことなど、夢物語だったのか。

 ランスは、そう思いながらも戦況を再確認した。

 そこで彼の目が、エブリットにとまった。

 エブリットは、少し退いたところで、相変わらずクローディアに何かを話し掛け続けている。身振りを交えながら。

 しかし、改めて凝視すると、その様子はどう見ても不自然だった。

 ランスは、必死で攻撃をかわしながら、彼の言葉に耳を凝らす。

「……我々を見守るすべての者よ、我等に、抗しがたい敵と戦う力を」

 それは、クローディアへの語りかけではなかった。

 呪文だったのだ。彼はずっと、習得した秘術の長い呪文を唱え続けていたのだ。合体の秘術「Merge」の呪文を。

 そしてここにようやく、彼の秘術が完成する。

「我、エブリット・リージとともに敵を討とう! 我らが力を一つに!」

 そしてエブリットは、自らを除いた5人の合体対象を、自ら選びあげていく。

「ランス・ダーウィン!」

「ソーン・ベイアード!」

「リリベル・ベインブリッジ!」

「エリシア!」

 そしてエブリットは、勝ち誇った笑みをテュエールに向けた。

「クローディア・グランサム! Merge!」