第3回
光風暦471年10月1日:不本意な再会
『少し時間がほしい。考えてみる、一人で』
ランス達は、エドワードやイングリットの部隊から少しずつ突出していく。神殿の奥に向かって。
当然ながら、敵の襲撃の苛烈さが増していく。
たいていの敵は部隊が引き受けてくれるのだが、さすがに敵の本拠だけあって、それで捌ききれる数ではない。
しだいに、ランス達の負う手傷が増えていく。
そして彼らは、ゆっくりと、しかし確実に体力を奪われていった。
「見えた! 一気に突撃するぜ!」
ヒューイが敵の切れ間を見つけ、敵を蹴散らしながら神殿の奥へと駆け出す。
一同もこれを好機ととらえ、一斉に突撃した。
敵を次々と倒しながら、夢中で駆けた。
無我夢中で戦ううち、どのくらいの時が過ぎたのか、誰にも分からなくなった。
全員の命がまだあるのが、不思議なくらいだった。
そして気付けば、部隊が戦う喧噪も聞こえなくなっていた。ずいぶん奥まできたらしい。
そこは、いやに大きな広間だった。星空かと見まがうばかりの、高い円蓋。精緻な彫刻が施された、荘厳な柱の数々。
冷たい空気が静かに満ちている。広間の奥は闇に溶け込んで見えない。
「切り抜けたんですね」
ユリが、近くの柱に手をついて寄りかかる。息を上げてうつむく彼女の鼻筋から、血の混じった汗がしたたり落ちた。
他の者の疲弊ぶりも、彼女と同様だった。息も絶え絶えに膝をつく者、立つのがやっとの者、いずれも限界まで精神と肉体を酷使していた。
「はい。ですが、私達の目標はまだこの先にいます」
白銀に輝く槍を杖代わりにしながら、エリシアが言った。
今は一刻も早く体力を戻して、次の戦いに備えなければならない。
そこで彼女は、気力を振り絞って神聖魔術を使うことにした。治癒の呪文を味方にかけるのだ。
しかしそれは、詠唱の途中で遮られた。
「そのとおりだよ」
闇の向こうから、少年の声が響き渡ったのだ。聞き覚えのある声が。
「よくここまで来たね。感心したよ、人間達」
その声とともに、一陣の風が吹き抜ける。すると、よどんだ闇が払われていき、その奥に三つの人影が現れた。
一人は、見知らぬ銀髪の男。
もう一人は、クローディア。
二人は、間にいる人物を守るように立っている。そこに座して足を組んでいる人物は、一同の予想に違わぬ敵の首魁、異世界神イヴァクス・テュエールだった。
「おや。よく見れば、人間だけじゃないみたいだね。面白い連合軍だ」
テュエールはそう揶揄しながら、頼みもしないのに解説を付け加えていく。
「人外の力と融合した人間、悪魔二体。そして以前にも会ったけど、君はスルティエ・エリシアの原型の天使だね」
テュエールは、驚く一同を見渡して、そしてエリシアを見ながらほくそ笑んだ。
「知らなかったみたいだね、ここの面々は。
そこの天使エリシアは、とても優秀な戦闘力を持っているんだけど、以前アウドナルス帝国に虜獲されたことがあるんだ。
その時に彼女の体組織の一部を切り取って、それを母体に生み出されたのがこの人造魔神、スルティエ・エリシアなんだよ」
これに一番驚いたのが、クローディアであった。
「何だと」
そううめく彼女自身には、思い当たる節はあった。自分の神としての本名と同じ名であること。そして、彼女の雰囲気。
クローディアは、天使エリシアと出会ったときから、彼女のことを妙に意識していた。
今、その理由が分かった。彼女が自分に似ていたからなのだ。
だから、天使エリシアがジョーと楽しそうに話していると、理不尽なまでの苛立ちを覚えたのだ。まるで自分の居場所がなくなるような気持ちになって、それで激昂したのだ。
テュエールは、そんなクローディアを見るのが、楽しくてたまらないようだった。
「よかったね、スルティエ・エリシア。君はまったくの無から造り出されたわけじゃない。君にはお母さんがいたんだよ。
そしてお母さんが、君を助けに来てくれた」
そして一呼吸の間をおいて、彼はこう言った。
「でも、そのお母さんを殺すことになるんだけどね、君は。ね?」
クローディアは、これに激しく抵抗した。一歩跳び退がると、テュエールに向かって叫んだ。
「嫌だ! 私はそのようなことはしない。私には、愛する仲間を誰一人として傷つける意思もない!」
テュエールは、その言葉を聞いて嬉しそうにうなずいた。
「相変わらず頑固だね。長い間監禁されても、ちっとも心変わりしていない。
でも、もちろんそんなことは予想済みだよ。そして、だからこそ楽しいんだ、これからの戦いを見物するのがね」
彼は、クローディアに向けて掌をかざす。
「そこにいる、僕の守護戦士だった裏切り者のフォーラに、実験をさせたことがある。そのリリベルやユリという人間に対してね。
今から、その集大成を見せよう」
彼の掌が、黒い霞に覆われていく。
「操身術。本来の心を完璧に残したまま、体だけを自在に操れる術。
実験のおかげで、すっかり完成度は高まった。今からそれを君に使うんだ」
クローディアが血色を失う。
「な、なんだと? や、やめよ!」
しかし彼女がそう叫んだときには、既にテュエールの術中に落ちていた。霞が爆発的に広がり、クローディアを包み込んだ。
そして霞が晴れたとき、クローディアは、自らを止めようと表情を歪めて叫びながら、腰の剣を抜いてランス達に向けて歩み始めたのだ。
「嫌だ! 私は戦わない。戦いたくない!」