第7回
光風暦471年6月14日:美しき賢王
『万象を司る神? そんな存在は聞いたことがないんだよ。何なんだ、それはいったい』
ランス達は諸準備を整え、3日後にマリアニータのもとを発ち、隣国フォルテンガイム連合王国の構成国の一つであるハイ・ダリス王国に来ていた。先刻通った、レグナサウトの首都近郊の転送門から、今度はフォルテンガイム連合王国の首都であるフェルバラードの近郊に飛び、そこからさらにハイ・ダリスに飛んだのだ。
ただし、レグナサウトの「四面の衛士」であるエドワードとイングリットは、軍への指示を出すため、再会を約して城に残っている。
マリアニータはランス達に紹介状を持たせただけで、案内人は付けなかった。なぜなら、フォルテンガイムの出身者であるランスがいたからだ。ランスはこれまでの戦いの中で、フォルテンガイムの国じゅうを旅しており、その地理を熟知している。
「まさか、こんなに早く祖国に帰ってくることになるとはね」
周囲の景色を懐かしそうに見回しながら、ランスは苦笑した。
「テュエールを倒して凱旋できていたら、もっと気持ちよかったのでしょうが、仕方ないですよ」
ナイがそう言いながら、胸いっぱいに異国の空気を吸い込んでいる。ここハイ・ダリスは、峻険なダリス山脈の中腹に位置しており、その空気は冷涼だ。身も心も引き締まる思いがする。
「まあ、この旅も楽しませてもらうとしよう。前向きに行こう」
ダンが不敵な笑みを浮かべながら、国名と同じ名の首都、ハイ・ダリスへと歩き出した。残りの者も彼にならう。
ユーノが誰にともなく尋ねる。
「ところで、ここのアルゴスって王は、どんな人間なの?」
これには、エブリットが答えた。
「『青の戦士』とも言われる、『運命の戦士』の一人です。
主神オーゼスの作った聖なる武器である、自在に形を変える『挑みの剣』、そしてそれと対をなす『挑みの防具』を所有しているそうです。
戦いの腕もさることながら、冷静な判断力をもって賢王として君臨しているという、非の打ち所のない人物です」
そして彼は目を閉じて、自らの記憶をたぐりながら続けた。
「ですが以前、異世界神の影響を受けて暴走した命神ゼイバラルに操られ、他の『運命の戦士』と敵対したことがあるそうです。
彼自身はそれを己の不徳と恥じていて、以後はいっそうの研鑽に励むようになったとか。教わろうとしている『合体の秘術』も、そうしたなかで編み出されたものなのでしょうね」
ユーノは目を丸くして空を見上げた。その様子には、感心と萎縮が入り交じっているように見えた。
「要は完璧超人ってことなのですね、エブリット様。あとはいい男かどうか、楽しみにしておくとしましょうか」
町の入り口でも、城の入り口でも、「救世者」ランスがいたので何の咎めもなかった。彼はマリアニータの紹介状を見せ、レグナサウト王国からの公務混じりで来たことを伝えていたが、それすらも必要ない様子だった。
そして実にすんなりと、国王アルゴス・イズナレイに面会が叶ったわけなのだが。
「ねえちょっと。聞いてないわよ、あんなに男前だなんて。反則でしょ、あれは」
エリシアにひそひそ言いながら、国王に目を釘付けにされているのは、ユーノだった。
エリシアも、柄にもなくこのようなことを言っている。
「確かに。私も直にお会いするのは初めてですが、まったく同感です」
実は、目を釘付けにされているのは彼女達だけではなく、一行の男女全員だった。ランスはアルゴスと旧知の仲ゆえ、ある程度見慣れてはいたものの、やはりその非凡な美しさには見とれていた。
腰まで伸びた、つややかな黒い髪。色白で鼻筋の通った、端正な顔立ち。切れ長の目には知性とかすかな哀愁が同居している。
細身かつ長身の風貌は彫像のようで、人間離れした神々しさを漂わせていた。
そんなアルゴスの口から、潤いのある凛とした声が発せられた。
「久しぶりだな、ランス。そして他の方々よ、私が国王のアルゴス・イズナレイだ。ようこそ参られた」
一同が呆け気味に次々と名乗った後、ランスが本題を切り出した。
「アルゴス。ともに戦いを切り抜けてきたあなたに、詳しい説明は必要ないと思う。
単刀直入に言うよ。異世界神イヴァクス・テュエールを倒すために、あなたの『合体の秘術』を授けてほしい」
アルゴスは、迷うこともなく答えた。
「喜んで。私の知恵が皆の、世界の役に立つというのなら、これほど嬉しいことはない」
賢王と言われるだけのことはあり、話は実に早かった。
「合体の術『Merge』について説明しよう。
これは、合体に同意した最大6人を一つの姿にまとめあげ、10分間飛躍的に能力を高める術だ。合体対象の持つ筋力・精神力などの能力をすべて足し込むことで、強大な戦闘力を得るというものだ。各人が身につけた技も、すべて扱える」
アルゴスは、一同が理解するために少し時間をとってから、先を続けた。
「合体対象となった者のうち、誰か1人の姿を任意に選び、合体を完了させることになる。
術者自身が合体対象になることもできるし、他人のみを合体させることもできる。
ただし、1体の敵に対しては複数の『Merge』は行使できない。残念ながら術が相互に干渉して、合体が失敗するのだ」
そしてもう一度時間をとり、説明を締めくくった。
「以上が術についての説明だ。質疑を受けた後、誰が習得するかを決めることにしよう」
質問は、フォーラとディクセン、そしてエブリットが行った。それぞれに対して、アルゴスはきびきびと答えていく。
「合体対象の種族に制約はございますか?」
「いや、制約はない。合体に必要なのは、ともに戦いたいという気持ちだけだ」
「合体対象のレベル差は、どのくらいまで許容される?」
「レベルの制約もない。ただし術を使う場面を考えると、できるだけ高いレベルの者を合体対象に選ぶべきだとは思う」
「合体対象は、互いにどのくらいの距離にいなければならないのでしょうか?」
「術者から見えていさえすればよい。たとえば間に透明な壁があったとしても、見えているなら合体対象にはできる」
以上で一同からの質問は終わり、習得者選びに移った。しかし、ここに時間はかからなかった。すぐさま、エブリットが立候補したからだ。
「お願いです、陛下。私にぜひ、その術を教えてください」