第12回
光風暦471年6月11日:道化の素顔
事態が収束したことを悟ったランスが、戦いの緊張から自身を解きつつ、エブリットに尋ねた。
「エブリット。ここから先は、あなたと一緒に行動するのがいいと思う。テュエールという異世界神を共通の敵に戴いた以上はね」
「感謝します。途方もない敵ですが、望みは絶やさないことにしますよ」
エブリットは、そのように他意のない言葉を述べた。そして彼は、続けてジョーに向き直り、彼をじっと見つめた。
「ところで、あなたはいったい何者なのです?
今の戦いで、あなたに対する評価を改めなければなりません。そしてともに戦う以上は、どうしても知っておきたいのです、あなたの素性を」
ジョーは、彼の真剣な眼差しを受けて、観念したように答えた。
「とりあえず今んところの状態で、だけど」
そして一呼吸置いて、こう言った。
「レベル182エクスパート。あと、精霊魔術は全部使える」
ジョーが告げた訳の分からない内容に、クローディアとエブリットが、これまでで一番の驚きを示した。
「レベル182だと? あのドラゴンですら、レベル30台の半ばというのに!」
「あなたが魔法を? しかも精霊魔術を全部とは」
いかにも否定したそうな様子の二人。無理もない。
彼らの疑問の一つは、経験を積むことによる成長の進度を示す「レベル」。この値は、魔法によって知ることができる。この世界の人々の間では一般的となっている概念だ。1から始まるこのレベルは、20あれば一人前、40あれば超一流の戦士と言われる。182などという奇天烈な値は、聞いたこともない。
もう一つの疑問は魔法について。ジョーの言ったクラス「エクスパート」では、成長しても魔法を習得できない。その彼がなぜ、それほど多くの魔法を習得しているのだろうか。いったい、どのような経歴で、どのような経験を積んできたのであろうか。
そんな疑問に突き当たって狼狽する彼らに、エリシアが口を開いた。
「マスタークラスをご存じですか?」
唐突な言葉であるが、造詣の深い二人はこれを知っていた。
「ええ。18あるクラスそれぞれの頂点に立つ人達や、各魔術の系統に最も精通した人達のことですね」
「たとえば、マスター・ウォーリアーが『運命の戦士』バートラム陛下、といった方々のことだな」
それらを聞いてから、エリシアは言った。我が事のように誇らしげに、胸を張りながら。
「ジョー様は、マスター・エクスパートであり、同時に地系精霊魔術のマスターでもあります」
ジョーの正体を聞かされた二人は、これまでと違う目でジョーを見上げた。しかしそこには、意外なジョーの表情があった。
彼の顔にあったもの。それは、なぜか「焦り」であった。
「来るべき時が来たらしい。まいったぜ、こんなに早くとは思わなかった」
眉間に皺を寄せたジョーは、崩れかけた広間の一点を凝視している。
「何を言っているのですか。分かるように説明してください」
エブリットの詰問に、ジョーは振り向くことなく答えた。戦いの構えをとりながら。
「テュエールが来る。まったく、なんて堪え性のない親玉だ」
どうやってそれを悟ったのかと尋ねる前に、ジョーの見つめる先の景色が歪み始めた。
ランス達はそこから、これまで味わったことのないような気配を感じた。背筋が凍り付くような冷たい気配。それは、恐怖そのものであった。
「来るのですね、ここに」
乾いた声でエブリットがつぶやく。
気を抜くと発狂してしまいそうな、ありえない威圧感が、ひしひしと押し寄せてくる。
「ああ。異世界神テュエールが、ここに来る」
ジョー達の眼前の景色の歪みの中に、うっすらと人影が浮かび上がる。
そこから来る凍えるような冷たい気迫の強さも、桁違いに跳ね上がる。
その人影が、華奢な少年の姿をしているにもかかわらず。
「あれが、テュエール……?」
顔をこわばらせながら、ランスが言う。
「間違いありません。あれこそが……テュエール」
やっとのことで身震いを押しとどめつつ、エブリットが答えた。故郷を滅ぼされた時の記憶が、ありありと蘇っているのだろう。
白くゆったりした、豪華な衣装をまとった少年。
銀髪碧眼の、あどけない顔をした少年。
虚ろな目をした華奢な少年が、次第に姿をはっきりさせていく。
そこでジョーは、一同に告げた。
「みんなは逃げろ。脱出の手引きのために、外にエドワードを待機させている。逃げて体制を立て直すんだ」
エブリットが慌てて反論する。
「今が戦う好機でないことは分かります。ですが、あなたを置いて逃げるような真似はできません」
それを聞いたジョーは、複雑な表情をして笑った。
「ありがとよ、気を遣ってくれて。でも残念だけど、全員が無事には切り抜けられない」
エブリットは、ほんのわずかな間考えた。そしてこんなことを尋ねた。
「先程聞いたあなたの正体。それでも、あの異世界神に勝てないというのですか?」
ジョーは、否定も肯定もせず、ただこのように答えた。
「ちょっとばかり訳ありでな。昔のツケが回ってくるはずなんだ」
「訳が分かりません。いったいどういうことなのです?」
これに対して、ジョーが答えを話しかける。
「『時空剣』の反動」
しかし、そこで時間が切れた。テュエールが空間の歪みの中から足を踏み出し、一同の前に降り立ったのだ。