第11回

光風暦471年6月11日:確かな一歩

「えっ」

 意外な発言に、思わず声をあげるクローディア。ジョーはこう続けた。

「あの野郎に勝つと同時に、自分自身を苦しめている呪縛にも勝つんだ。持てる力を正しく使う時が来たんだぜ。お前さんの『真正魔術』の力の出番だ」

 クローディアが自ら忌避している「真正魔術」。異世界神の使う魔術の体系の名が出て、クローディアは激しく動揺した。それが彼女に隙を作る。

 それを見逃さなかったのがウェインだった。そばにいるクローディアを拘束しようと、今までに見たこともないような足裁きで距離を詰める。

 ランス達は「しまった」と思うが、既に対処できるだけの時間はない。形成は再び逆転したかに見えた。

 しかし、詰め寄ったウェインは弾き飛ばされ、無様に床に転がった。彼とクローディアとの間に、ジョーが割って入ったからだ。

「遅い」

 平然とそう言ったジョーが、どうやって割り込むことができたのか、ウェインにもランス達にも分からなかった。神速というほかなかった。そしてジョーは、ウェインとの派手な衝突でよろめくこともなく、クローディアの手を取って導き、彼女をランス達のもとへと移した。

 ジョーは再び、クローディアに言った。

「そろそろ、過去の呪縛からは解放されてもいいと思うぞ。持てる力を、存分に人の役に立ててみせないか」

 クローディアは恐怖で血色を失い、かぶりを振る。

「でも、でも! ジョーも見たはずだ、『真正魔術』が周囲の命を拠り所にするところを。私が『真正魔術』を使ってしまうと、皆の命を吸ってしまうのだ。皆の犠牲の上の勝利など、私は求めたくない」

 レイザンテの町で、誤って住人を魔法で傷つけたことが心の傷となり、イルバランの町で「真正魔術」の力を行使するために人の生命力を吸う魔剣を目にしたことで、自らの「真正魔術」に対する恐怖がいっそう強まっているのだ。

 しかしジョーは引き下がらない。決然と言い放った。

「心配すんな。俺の生命力をくれてやる」

 クローディアは驚き、そして激しく反論する。

「何を言っているのだ! そのようなこと、できるわけがないであろうが!」

 ジョーはクローディアの目を直視して言った。

「まったく心配性なんだからな。じゃあ教えてやるぜ。俺様は、生命力だけなら世界一だ。10や20の『真正魔術』で死にはしねえ。

前に、あのエブリットの一撃を受けてもピンピンしてただろう?」

 「世界一」はともかくとして、具体的な裏付けまで挙げられると、クローディアも気勢を削がざるを得ない。

「そ、それはそうだが」

「納得したか? じゃあ遠慮なくぶちかましてやれ。この憎たらしい俺様の生命力なら、思いっきり使えるだろう?」

 おどけるジョーに、クローディアは言った。彼女自身が驚くほど、すんなりと。

「バカ……私が一番大切なのは」

 ジョーは、皆まで言わさず、後を継いだ。

「ありがとよ。一番大切な俺様の言うことなら、信じられるよな?」

 クローディアは涙をぬぐうと、不敵な笑みを見せた。

「分かった、やってみる!」

 そしてウェインに向き直る。

 ウェインは危機を悟り、後ずさりしながら身構える。

「馬鹿な、何をするのですクローディアさん! 永遠をともに過ごす者に対して、そのような仕打ちなどあり得ません!」

 クローディアは怒りを隠さず、力強く言った。

「黙るがよい。そなたと永遠を過ごしたところで、この世界を滅ぼすための手駒にしかなれぬのではないのか。痴れ言を漏らすでないぞ」

 そして彼女の指先が青白い光を帯びる。ジョーから集めた生命力の輝きだ。これを攻撃力に変換して、「真正魔術」を放つのだ。神自身が持つ魔術に、呪文の詠唱は存在しない。あとはこれを放つだけだ。

 ウェインは取り乱し、本性を表した。醜く表情を歪め、今までと違う口調で叫ぶ。

「これだけ言っても分からぬかクローディア!

私を殺せば、貴様とともに永遠を過ごす者は存在しない! 矮小なる定命の者どもと生きても、やがて次々と先立たれ、貴様は打ち捨てられるのだ!

それでもよいと言うのか!」

 クローディアは、ジョーやランス達の視線を一身に浴びながら、毅然として、そして誇らしげに答えた。

「もう一度言う、黙るがよい。貴様のような者との永遠など、願い下げだ!」

 そして輝く指をウェインに向けて突き出す。

「滅びよ、世界に仇なす神の手先め!」

 大地を揺るがす衝撃、そして広間中を焦がさんすばかりの閃光の中で、ウェインは一片も残さず焼き尽くされ、消滅した。


 強大な力の片鱗を見せた敵を滅ぼし、平穏の時が訪れた。

「勝ったのだな、私達は」

 クローディアはそう言うと、仲間達を見回した。

「はい。ウェイン・スレイドは、確かに死亡しています」

 安堵しながら、エリシアが答える。

「見事だ、クローディア」

 そう言うジョーは、心なしか今までより精悍に見えた。クローディアはそんなジョーを見て頬を染めると、照れ隠しに顔を逸らしながら言った。

「ウェインを討ったのは、確かに私の力だ。しかしそれは、皆の支えなくては繰り出せぬ」

 そして彼女は、一同に深く頭を下げた。

「すまなかった。そして、ありがとう」

 仲間達に支えられ、幼き神クローディアが大きな成長の一歩を踏み出した瞬間だった。