第9回
光風暦471年6月11日:騙された!
偽物のジョーに促されたウェインは、くすりと笑みを漏らす。
「そうですね。この方々にもそう要求されたところですしね」
そしてウェインは、誇らしげに語り始めた。
「実は以前から、クローディアさんにはお近づきになりたかったのです。
ずっとその機会を伺っていたのですが、折よく私の住むこの地で、ジョーと仲違いしてくれました。またとない好機でしたよ、クローディアさんに近づいて、その力を手中に収めるためのね」
エブリットが悪態をつく。
「クローディアさんを一人にすると神としての力を狙う輩が跋扈する機会を与えてしまうことは、よく理解していましたよ。だからこそ、あの大男を叱咤したのですがね。
ですが、これほど早くその存在が現れて、そしてこれほどあっさり企みを暴露してくれるとは」
その言葉を聞いて、ウェインはますます機嫌をよくした。
「企みを明かさず、最後まで善人として振る舞ってもよかったのですがね。なぜそうしなかったと思います?」
これにはランスが答えた。
「自信があるから、だろう? クローディアを二度と離さないという自信が、そして僕達をここから生かして返さないという自信が。違うかい?」
ウェインは、満面の笑みを浮かべて大仰にうなずいた。
「そのとおりです。さすがは『救世者』の称号を持つ者だけのことはありますね、ランス・ダーウィン。
ジョーと同じく、そんなあなたの存在も邪魔でした。ですからクローディアさんが一人になったことが、どれだけありがたかったか。感謝していますよ」
するとクローディアが、絞り出すような声で言った。
「待たれよ。ランスはともかく、なぜそこまでジョーのことを恐れたのだ」
その言葉にエブリットはうなずき、エリシアは不服そうな顔をする。ランスは静観していたが。ともあれウェインは、そうした三人を無視して答えた。
「これですからね、ジョーも浮かばれますまい。
ここしばらくの間、私の手の者に限らず、多くの勢力があなたの力を求めて襲撃していたのですよ。それを未然に防いでいた者の存在に、お気付きではなかったのですね」
クローディアは、まるで雷に打たれたような衝撃を受け、硬直した。
「知らなかった。それがジョーだというのか。ジョーが、私の知らないところで私を守ってくれていたというのか」
クローディアの頬を、再び涙が伝う。
エリシアが、彼女にこう告げた。
「ジョー様は、過去にクローディア様と約束したとおっしゃいました。『何があっても守る』と」
しかし、クローディアは泣きながらこう答えた。
「いや、覚えがない。私はジョーとは、そのような約束はしていない。しかし、私は最低だ」
エリシアはその答えの内容にも驚いたが、くずおれて嗚咽をあげるクローディアの様子に深く胸を痛め、それ以上問うことができなかった。
そこで、一歩前に出た者がいた。エブリットだ。その形相は鬼神のようであった。
「あのジョーにクローディアさんを守る力があったかどうか、私には分かりません。そして過去に約束が交わされたかどうかも分かりません。そこには口は挟みません。しかし」
エブリットは、腰の魔剣を抜き放った。金色の光の粒子が、その刀身からこぼれ落ちる。
「これだけは言わせていただきます、私には言う資格はないのかもしれませんが。人の心を弄ぶ輩が、これほどまでに胸の悪くなるものだとは知りませんでしたよ。同じ轍を踏んでいた私自身を恥ずかしく思います」
そして彼は、剣を引きつつ、その身をかがめる。
「あなた達を滅して、ここから帰ることにしましょう。私達の実力を甘く見ないことです」
それだけ言うと、電光の素早さをもってウェインに飛びかかった。
言葉を発する間もない。まさに瞬きの間に、エブリットはウェインとの距離を詰め、剣を振りかぶり、振り下ろした。しかし、その太刀筋は彼の思いどおりのものとはならなかった。
「なんですって」
驚いて一歩跳びすさるエブリット。ウェインが防いだのではない。彼は防御の構えすらとっていない。傍らから「ジョー」が弾いたのだ、素手で。
驚くエブリットを見下ろしながら、「ジョー」が悠然と彼らの間に割って入る。
「俺が相手になろう」
そして彼は、エブリットに向けて構えをとった。その背後からウェインの高笑いが響く。
「私達には、あなた達が束になってかかってきても撃破できるだけの力があります。この部下一人にすら叶いますまい」
その言葉にますます逆上したエブリットは、持てる力の全てを出しきって「ジョー」に斬りかかった。
しかし「ジョー」は、涼しい顔をしてその攻撃の全てをかわしきる。魔法の剣の一撃でも当てることができれば、丸腰の「ジョー」にとっては深手になるはずだった。だが、どれほど攻撃を重ねても当たらないのだ。エブリットの動きは目で追うことすら困難なほど素早いのに、それを上回る動きで回避を続けている。その場の全員が、次元の違いを理解した。
「無駄なあがきだと分かりましたか。では、私からも言わせていただきましょう」
「ジョー」の背後から、楽しそうなウェインの声が聞こえてくる。
「青臭い正義感というものが、これほど胸の悪くなるものとは知りませんでした。
愛するクローディアさん以外は、今すぐに殺すことにしましょう。そして私の新たな主のもとに、クローディアさんをお連れするとしましょう」
全力で戦い続けて息の上がったエブリットが、疲労と恐怖で蒼白になりながら言った。
「まさかあなた達も、異世界神テュエールの勢力の」
ウェインは、喜色満面になって顔を出すと、宣言した。
「ええ。テュエール様に永遠の命を与えられたのですよ、私は。テュエール様に忠誠を誓う代わりにね。この腕の刻印が、その証なのです」
そう言うと彼は袖をまくり、複雑な紋様の刻印を示した。クローディアに見せたものと同じだった。
「では、語ることも尽きましたので、死んでもらいましょう」
その言葉を合図に、「ジョー」がエブリットに向かって歩を進めてきた。エブリットは構えをとるが、それが意味のないものだということも理解していた。
殺される。
互いの息づかいを感じるところまで迫った「ジョー」の顔を、金縛りにあったように凝視するエブリット。
「ジョー」が右手を上げる。そしてゆっくりと、エブリットに向かって伸ばしてきた。もはや避けることもできない。死を覚悟して、エブリットは目をつぶった。
しかし、その時は来なかった。「ジョー」は伸ばしたその手で、エブリットの肩をぽんと叩いたのだ。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた人なつこいジョーの笑顔があった。
「ど、どういうことなのです?」
呆然となるエブリットに、ジョーはにかっと笑う。そして目配せしながら言った。やはり、いつものジョーの明るい口調で。
「そんじゃ、そろそろ反撃といこうか。
あの胸くそ悪い野郎から、聞きたいことも聞けたしな」