第8回

光風暦471年6月11日:私が殺したのは

 ランスは支度をととのえて、エブリットとエリシアと三人でクローディアを探していた。

「あちらの方向に、クローディア様の存在を感じます」

 そう言ったのはエリシアだ。昨日と同様、彼女にはクローディアの居場所を知ることができた。ただしその場所は、昨日とは変わっている。その場所である町外れへと向かいながら、言い知れぬ不安を彼女は抱きつつあった。

「このままだと、町から遠ざかっていくね。この先には何があるんだろう」

 と、ランスが疑問を口にした。

「この先には、大きな屋敷があるはずです。以前からこの町に住む貴族の屋敷が」

 エブリットがそう応じた。

「詳しいんだね、エブリット」

 とランスが言うと、エブリットは面白くなさそうに言った。

「ええ。もともと私は、この近くの出身ですからね。と言っても、その町はもうないのですが」

「ごめん、嫌なことを訊いちゃったね」

 ランスは不用意な発言をしたことを悔やみ、心から詫びた。エブリットはランスを見つめながら、軽く首を横に振った。

「いいえ、救世者殿。町が滅んだのはあなたのせいではありません。お気になさらないでください」

 そこで、エリシアが毅然として言った。

「いつか異世界神テュエールを倒すことこそが、一番の安寧をもたらすことになりましょう。私もともに戦います、この槍にかけて」

 エブリットは彼女に、皮肉に満ちた言葉を投げかける。

「お気持ちはありがたいですが、それは絵空事に等しいと、昨日分かったはず」

 しかしその言葉は、途中で打ち切られた。エブリットが、エリシアの真剣な顔を見て取ったからだ。厳然として神の意思を代行する戦乙女の横顔が、そこにはあった。

「いえ、少しは希望を持たせていただきましょう。そのためにこうして旅をしているわけですしね」

 エブリットは、肩をすくめて照れ笑いを浮かべ、そして歩を進めた。


 やがて三人は、ウェインの屋敷の近くで一人の男に出会った。軍服を着た金髪の美丈夫。先刻ジョーと話していたエドワードだった。

 先に開口したのはエドワードだった。

「久しぶりです、ランス」

 その他意のない笑顔に、ランスは驚きつつも微笑みを返す。

「エドワード! こんなところで会うとは思ってなかったよ。元気にしてたかい?」

「もちろんです。ランスも元気そうで何よりです」

 エドワードは、ランスとも旧知の仲らしい。やはり、ともに大きな戦いを切り抜けてきた友同士なのだろう。

 そしてその様子を見ながら、傍らからエブリットが話し掛けてきた。

「エドワード……もしやあなたは、『西方の衛士』のエドワード・リズモア様なのですか?」

 この国の守護にあたる「レグナサウト王立防衛軍」。その軍は東西南北の4つの軍団に分かれていて、それぞれをぬきんでた知力や武力を兼ね備えた『四面の衛士』が統括している。エドワードはその一つ、西部防衛軍の頂点に座する『西方の衛士』の名である。この国の民なら、知らぬ者のない傑物だ。慇懃無礼なエブリットも、彼には一目置いているらしい。

「はい、エドワード・リズモアにございます。ジョーからお話は伺っています、エブリット・リージさん、そしてエリシアさん」

 その言葉に驚き、エブリットが尋ねる。

「ではエドワード様、あなたはもしや、ジョーの行方を私達に伝えるために、ここにいらっしゃったのですか?」

「はい。実はもう一つ役割があって、ここを離れられないのですが、それは改めて語りましょう。今は、この先にある屋敷にお急ぎください。そこにジョーと、皆様が探しているクローディアさんがいます」

 予想外の円滑な展開に、エブリットは感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます、エドワード様。それでは私達は、屋敷に向かいます」

 エドワードはうなずき、そしてエブリットにこんなことを言った。

「ゆっくりお話できないのが残念ですが、あなたが『エブリット・リージさん』であるならば、どうしてもお話ししなければならないことがあります」

「何でしょう?」

 と言いながらも、エブリットには続きの言葉の予想ができていた。

「1年前のこと、『西方の衛士』として弁解のしようもありません。この償いは、今後の行動をもって示す所存です」

 エブリットの住む町がテュエールに滅ぼされた件を言っているのだ。この地域の守護にあたっているのがエドワードの軍団ゆえ、彼の苦悩は痛いほど伝わってくる。エブリットは、悲しそうな顔をしながらエドワードに深く頭を下げた。

「もったいないお言葉です」

 そのまま二人は沈黙してしまったので、しばらくの後をランスが継いだ。

「今は屋敷に急ぐことにしよう。エドワード、屋敷の主のことや屋敷のこと、教えてくれるかい」

 エドワードは手短に要求された情報を話し、捜索令状はジョーが持っているので、ジョーと合流してほしい旨を語った。そして屋敷に向かう三人を見送りつつ、最後にこんなことを言った。

「エブリットさん。申し上げにくいのですが、あなたは本当にエブリット・リージさんなのですか? 私の伝え聞くエブリットさんとは、その、違ったお姿に見えますので」

 エブリットはその言葉に一瞬驚く様子を見せたが、すぐに澄まし顔に戻ると、こう言ってその場を立ち去った。

「さて? 私は私。ご覧のとおりの輩ですよ、エドワード様」


 ランス達三人は、やはり誰も出迎える者のないなか、慎重に屋敷の中に突入した。そしてエリシアの感じるクローディアの気配をたどり、ジョーと同じ道筋で一階の奥へと進んだ。するとジョーの時と違い、これといった障害もなく、すんなりと屋敷の奥の大広間に行き着いた。

 そしてそこには、屋敷の主と泣き崩れている少女がいた。ウェインとクローディアだ。

「クローディア!」

 ジョーの姿がないことを警戒しながら、ランスが叫ぶ。その言葉に驚き、クローディアが顔を上げる。

「ランス、エブリット、エリシア」

 一瞬喜びの顔を作りかけたクローディアだったが、すぐにいっそう強い悲しみを呈した。今にもこの場から逃げ出さんばかりだ。

「クローディア様、いかがなさったのですか?」

「あなたらしくもないですね、なぜ泣いているのです、クローディアさん」

 エリシアとエブリットが立て続けに声を掛けるが、クローディアは何も答えない。代わりに答えをよこしたのは、ウェインだった。

 彼は座していた椅子から立ち上がると、あくまで折り目正しく、三人に向かって言った。

「クローディアさんはお優しい方です。呪われた私の身の上を憐れみ、永遠の時をともにすると約束してくださったのですが、いまだ過去を過ごした者のことが頭から離れないのです。私を守るために、彼女自身がとどめをさした男、ジョーのことが」

 その言葉に、三人は凍り付いた。

「な、なんですって……?」

 にわかにはその言葉を信じられず、エブリットがつぶやく。しかしクローディアがその疑念を否定した。

「本当なのだ。私は許されない野蛮なことをした。このウェインに襲いかかったジョーに対して、力の限り反撃したのだ。その結果、ジョーは……死んだ」

 そして彼女は再び泣き崩れた。

 愕然となるエブリット。しかしこれに対しては、ランスが強い口調で反論した。

「ジョーはそんなに簡単に死なないよ。いったいどういうことなのか、説明してもらえるかい、ウェイン・スレイド」

 ウェインは、しばらく品定めするようにランスを見ていたが、やがて観念したように肩をすくめ、話し始めた。

「そうですね。私との永遠を誓ってくださった、大切なクローディアさんの悲しみを和らげたいという気持ちもありますし、今が潮時でしょうかね」

 その時、屋敷のさらに奥のほうから、地響きを伴ってすさまじい轟音が響いてきた。何かが大爆発した音だ。

 その音を聞いたウェインは、動じることもなく言った。

「ちょうどよかった。これで段取りは整いました」

 そしてウェインは、少し時間をとったうえで、傍らの扉の向こうへと命じた。

「では、出て来なさい」

 その呼びかけに応じて出てきたのは、見慣れた大男、ジョーだった。


「やはり生きていたのですね。あなたは殺しても死なないと確信していましたからね」

 安堵したエブリットが悪態をついた。ジョーは笑いながら答える。

「高く買ってくれて感謝するぞ。しかし、安心するのは俺の話を最後まで聞いてからにしてもらおうか」

 ジョーの様子がおかしい。いったい彼は何を言い出すのだろうか。

「確かにクローディアは『ジョー』を殺していない。だけどな、代わりに『俺』が『ジョー』を殺してきた。屋敷に乗り込んできた『本物』を迎え撃って、たった今な」

 そして彼は、本物のジョーは決してしないような邪悪な笑みを浮かべた。

「偽物なのですか、あなたは……?」

 天国から地獄に叩き落とされたような顔になって、エブリットがうめいた。当惑しながら、クローディアも問いかける。

「どういうことだ。私は確かにジョーを殺した。私が殺したジョーは、いったい誰だったというのだ」

 「ジョー」は、涼しい顔で答えた。

「ああ、貴様が『殺した』のは俺だ。もっとも、あの程度じゃ俺は倒せないぜ。いい死んだふりだっただろう?」

 そして彼は、エブリットやクローディアをひとしきり嘲笑してから、ウェインに恭しく頭を下げた。

「さあウェイン様、これで首尾よく目的も果たせました。そろそろ、この者達に真相を話してやってもよい頃合いでしょう」