第2回

光風暦471年6月10日:笑顔との出会い

 クローディアは、がむしゃらに草をかき分け、肩を怒らせ息を荒げて歩き続けた。

 草むらはやがて藪になり、灌木、そして林へと変わった。しかしクローディアは、それに目をやることもなく、ただひたすらに歩き続けた。

「(なぜだ、なぜ私はこのように腹を立てているのだ)」

 かろうじて自己分析に頭が回っているらしく、彼女は頭の中で自問する。

「(そもそもジョーは無神経なのだ。なぜ私の前で、あのように無頓着に振る舞うのだ)」

 怒りに我を忘れかかったクローディアの思考は、一見筋が通っているようだが、その実、脈絡がない。

「(いや、なぜここで私はジョーのことを考える?)」

 このように、彼女自身が思考を整理できていない。

 知らずのうちに、彼女の体を枝がかすめ、彼女の白い肌に傷を増やしていく。しかし、そのことに気付く余裕もなく、彼女はどんどん突き進んだ。

 すると、唐突に景色が開けた。

 さすがにその変化には彼女も気付いたらしく、激しい足踏みをいったん止めた。

「(このようなところに、別の街道があったとは)」

 そこは、これまで彼女がジョー達と歩いてきたものと同じような、広くて平坦な街道だった。歩けるほどの距離に、このような街道が複数あるのは珍しい。もしかしたら、大きな集落が近いのかもしれない。そこに、双方の街道が行き着くようになっている可能性は高い。

 事実そのとおりだった。見渡すと、左手のほうに大きな街が見える。

 彼女は東に街道を進んできて、そこから南に逸れて突き進んできた。この新たな街道はその向きと直角に走っていて、今見えている街の方向は東となる。つまり、このままそちらに進むと、もともと目指していた街に行き着くことになりそうだ。

「(あの街に行くと、ジョー達とまた会ってしまうかもしれない)」

 それを恐れるように考える自分を滑稽だと思いつつも、彼女はどうするか迷った。このまま街に行くか、あるいは反対側に向かい、ジョー達と完全に遠ざかるか。今までの気持ちに従うなら、街と反対側に行けばいいのだが、それに迷いを感じることもまた、彼女を戸惑わせていた。

「(本当に、私はいったい何をしたいのだろう。まったくもって、自分が情けない)」

 そんなことを考えつつ、小さくため息をつく。そして改めて街道を見渡すと、そこに人影を見つけた。

 ジョー達だろうかと思い、次にはそれを望まない自分と望む自分とを認め、彼女はまた戸惑う。恐る恐る人影を見つめた結果は、否だった。ジョー達ではない。若い男が一人、こちらに近づいてくる。面識はない。

 いささか気が抜けた様子でその男を見やっていると、彼はゆっくり近づいてきて会釈した。

「こんにちは、旅の方」

 とても穏やかな声色だった。黒く、首筋まで伸びた癖のない髪。冷たくない程度に凛々しい、茶色い目。中肉中背の青年は平服姿で、その軽装ぶりから街の住人だと分かった。全身から、無害感とともに爽やかさを感じさせる好青年だった。

「う、うむ。突然でかたじけない」

 見当違いな返答をするクローディアに、涼やかな笑顔を向ける青年。そして彼は、彼女の全身の擦り傷や切り傷に気付いた。

「なんということでしょう。このようなお綺麗な方が、このように傷を負われて」

 慌てて駆け寄る青年に対して、クローディアは顔から火が出るかと思うほどに動転した。

「き、綺麗だと?」

 青年はクローディアの目をまっすぐ見つめて、真剣に言った。

「はい、事実を申しあげたまでです。驚かれることではないと思いますが」

 赤面しながら絶句するクローディアに、青年は続けた。

「まずは街までまいりましょう。そこで手当てさせていただきます」

 そう言いながら、そっとクローディアの手をとり、あくまで自然に引き寄せ、街へと彼女の足を促した。紳士的とも言える彼の物腰、そして容貌は、クローディアにとって大きな衝撃となっていた。

 動揺しながらも歩き出したクローディアに、青年は名乗り、そして再び爽やかに微笑んだ。

「私は、ウェイン・スレイドと申します。あの街、ハーリバーンに住んでおります」