第12回
光風暦471年6月3日:霽月の剣士
つい先刻、ソーンが発した呪文と同じもの。それをランスが発した。
ひときわまぶしい雷光がランスを包む。そして視界が晴れたとき、そこにはソーンと同じ、白い鎧装束をまとったランスが立っていた。
彼の持つ両用剣も、その刀身に雷光をまとっている。
「まさか。ランスさん、あなたも私と同じ身の上だったとは」
ソーンが、振り絞るように驚嘆の言葉を口にした。
「ソーンさん、同じ雷光の騎士として、あなたの苦しみがよく分かります」
ランスは、悲しそうに、そして悔しそうに続けた。
「本来、雷光の騎士が戦うべき相手は、人々への抗し難い脅威。
その脅威から人を守るための力を、人に向けねばならないことへの不甲斐なさを、あなたは感じながら戦ったはず。
僕も、同じ気持ちを噛み締めながら戦います」
彼のその姿を目の当たりにしたユリは、泣いていた。
思慕、喜び、尊敬、悲しみ、悔恨。それらの感情が渾然となって、彼女に涙を流させていた。
か細い声で、彼女は言う。
「でもランスさん、私は、同じ雷光の騎士のソーン先生もこの手で。
私を殺す前に、きっと私がランスさんを」
地に伏したクローディアも、同じ心配を抱いていた。
彼女もランスに言った。
「逃げよ、ランス。逃げれば、そなただけでも助かる。
それに、万全な状態ではともかく、その傷では勝ち目など」
ランスは、全てを認めたうえで、毅然として一同に答えた。
「大丈夫。それでも、僕は勝つ。
自分の言ったことは、絶対成し遂げる。
最後ぐらい、ユリに立派なところを見てほしいしね」
そして彼は、全身の力を奮い立たせて構えをとった。
剣や盾を持った両の手を固く握り、腰だめに構える。
腰を沈め、そして目を閉じて語る。
「僕が『救世者』の称号を授かった、神との戦い。
そこで一緒に戦ったたくさんの仲間、『運命の戦士達(フェイタル・ウォーリアーズ)』。
その全員が力を合わせて編み出した、技の体系がある。
その名は『霽月流(せいげつりゅう)』。
そしてこれは、その技の一つ、『魁神操気法(かいじんそうきほう)』」
その瞬間、彼の周囲の空気が、ずしっと大きく震えた。
ユリを支配する魔物の本能も、彼の迫力にたじろぐ。
そうしている間にも、ランスから感じられる気迫は、どんどん高まっていく。
その様子は、とても瀕死とは思えない。
やがて構えが解かれたときには、彼は全てを圧倒するほどの威圧感をその身にまとっていた。
ユリを支配する魔物は、ランスの変貌ぶりに戸惑いを見せていたが、やがて自らの破壊衝動がそれに勝ったらしい。
今までで最も鋭い動きで地面を蹴ると、ランスに飛びかかり、その喉元を突き通そうとする。
「ランスさん、お願い逃げて!」
ユリが悲痛な叫びをあげるが、自らの攻撃はどうしても抑えられない。
そして、その爪がランスを捕らえたと思った瞬間。彼はまるで元からそこにいたかのように、一歩分外れた脇に立っていた。
かわす動作が、ユリにも分からなかった。
「大丈夫だよ、ユリ。君が僕を殺すことはない、決して」
ランスは、優しくそう言った。
「この技は、短い間、自らの力を飛躍的に高めるためのもの。
操気法で高めた身のこなしと、この武装がある限りは決して」
事実、その後も目にもとまらぬ速さで繰り出された攻撃の数々を、ランスは顔色一つ変えずにかわしきった。
ランスは、ユリに告げた。
「ユリ。最後に……手を握らせてほしい」
「ランスさん……?」
意外な言葉にユリは驚く。しかし体の制御は相変わらずきかない。岩をも砕くような一撃が、再びランスに見舞われた。
今度は、ランスは避けなかった。高い防御力を持った「雷光の防具」で彼女の拳を受け止め、そしてその手をしっかりと握った。
魔物の本能は手を引き戻そうとするが、ランスの膂力が圧倒的にそれを上回っていて、微動だにしない。
ランスは泣き出しそうな声で、間近に引き留めているユリに言った。
「ありがとう、ユリ。君と出会えたこと、君の気持ち、とっても嬉しかった。
こんな形でしか感謝できない僕を、許してほしい」
形はどうあれ、二人にとっては、まごうことなき握手であった。最初で、そして最後の。
「ユリの手、すごく温かいよ……」
「ランスさんも……」
そしてランスは、彼女の手を離した。
再び戦いの構えをとるユリと向き合って、ランスも初めて剣を構えた。
直立不動の彼からは、巌のような威厳すら感じられた。
「何度も痛みを与えたりはしない。一撃で、全てを終わらせる」
そしてランスは、再びこう言った。
「霽月流」
その言葉を契機に、ランスの剣が輝き始める。
「僕の力の全てを、この一撃に」
深く息を吸って、ランスは剣を振り上げる。そして技の名前を叫び、一気に剣を振り下ろした。
「擘裂雷光弾(はくれつらいこうだん)」
避ける間をすら与えず、全身全霊の力を込めた一撃がユリを捕らえる。
想像を絶する衝撃がユリを突き抜け、大地をすら砕く。そして剣に乗せた魔力が、雷の柱となって彼女を撃った。
ランスの宣言どおり、この一撃で、このあまりにも短い一瞬で決着がついた。