第7回
光風暦471年6月3日:囚われの身に
ランスはゆっくり目を開けた。
いつの間にか意識を失っていたらしい。
混濁する思考が晴れるにつれ、豹変したユリを追ってソーンの家に入ったことを思い出してきた。
「(ソーンさんの家で、僕は意識を失ったんだな。罠にはまったのか?)」
周囲を一通り調べたランスは、その推測を確信に変えた。
彼がいるのは、一見何の変哲もない部屋だ。机や椅子、寝台など、調度もひととおり揃っている。しかし、よく見ると窓がない。覗き窓の付いた扉には鍵がかかっていた。扉の下部には、食事を差し入れるためと思われる蓋がある。
ここが監禁のための部屋で、自分は捕らえられたのだと理解した。
持っていた剣は奪われたらしく、部屋の中には見当たらない。ただ、体のどこにも痛みは感じないので、手荒に扱われたわけではないらしい。
見れば、ユリに切り裂かれた腕にも包帯があてがわれており、丁重に手当てされていた。
「(さて、これからどうしたものか)」
と考えをまとめていると、外から足音が近づいてきた。
「ランスさん。あなたにはしばらく、ここでおとなしくしていただきます」
ソーンだった。
その声色は落ち着いていて、気持ちの高ぶりや悪意は感じられなかった。
「僕はユリを追って、あなたのお住まいにやってきました。
そこで僕は捕らえられたんですね」
ランスは状況を把握するため、こちらも怒るでもなく尋ねた。
「はい。あの状況を見られた以上、やむを得ないことでした。
ユリを大切に遇してくださった方にこのような仕打ちをするのは、本当に申し訳なく思っていますが」
まだ状況を飲み込みきれていないランスは、さらに尋ねる。
「ユリは、いったいどうなっているのですか。
分からないことがたくさんあります。
なぜユリが暴れていたのか。
なぜあなたは、町の人にそれを見ないように仕向けていたのか。そして対策をする風でもなく、この状況を放置しているのか。
分からないことだらけで混乱してます。疑問をうまく言葉にもできませんよ」
ソーンはしばらく沈黙した。
言葉をまとめているだけではなく、苦悩が感じられる間だった。
「全ては、私の至らなさが招いたことです」
彼は苦しそうに、それだけ答えた。ますます分からなくなったランスは、立ち上がって問いかけた。
「至らなさって何ですか?
ユリがああなったことに、ソーンさんが関係しているっていうんですか?」
その言葉にうなずくソーンは、とてもつらそうだった。
彼は、途切れ途切れにこう答えた。
「私は医者です。
そしてあれが、医者である私にできる限界でした。
私がいただいている評判のように、死者すら蘇らせられるような技があれば、どれだけよかったことでしょうね」
そしてソーンは、こう言い残して、逃げるようにその場を立ち去った。
「とにかく、ここでしばらくおとなしくしていてください。
抵抗されるなら、私も相応の迎え撃ち方をしなければなりませんので。
無理を承知でお願いします」
「やめよ!」
そう叫んだのはクローディアだった。
彼女の前には、友である二人の戦士、そして彼らを羽交い締めにした多くの男達がいた。
そしてクローディア自身、魔法で拘束されて身動きがとれない。
敵である男達の一人が、粘っこい話し方で彼女に告げた。
「私達は再三警告してきたはずですよ、クローディア様。
いつになったら私達のもとに戻ってくださるのかと思っていたら、このような人間どもを伴って私達に歯向かおうとしているとは。
穏便な私達も、我慢の限度を越しました」
「黙るがよい!
そなた達の野望に、私が荷担するなどと思うのか。
そなた達など、この場で倒してくれるわ!」
そして戦いの構えをとろうとするが、人造魔神の彼女の力ですら拘束を抜け出せず、体がまったく動かない。
「どこまでも強情な方です。
やはり見せしめに、この者達を殺す必要がありそうです。
あなた様には、そのくらいしなければ、心変わりをしていただけそうにありませんからね」
必死で制止の叫びをあげるクローディアをよそに、男は片手を挙げて始末を命じる。
断末魔の悲鳴とともに、クローディアの仲間の首が刎ねられる。
血しぶきの中を、彼女の足元に転がってくる首。
その顔はジョーとランスだった。
「あああああっ!」
そう叫んだ自分の声で、クローディアは唐突に意識を取り戻した。
どうやら、夢を見ていたようだ。過去の体験が入り混じった夢。
彼女は、じっとりとにじんだ額の汗をぬぐいつつ、それが現実でなかったことに安堵する。
しかし現実の状況も、あまりよいものとは言えなかった。
彼女がいたのは窓のない石造りの部屋で、扉は鉄格子。ここが牢であることは明白だった。灯りは鉄格子の外の廊下から差す薄明かりだけで、静かで暗い空間だ。
素早く状況を把握し、意識を失う前のことも思い出したクローディアは、次の行動に移ろうと身を起こす。するとそこに、こちらも来客が現れた。
「クローディアさん、このような場面で失礼しますよ」
流れる金の髪に、怜悧な眼差し。
優美な出で立ちだが、斜に構えた言動の男。エブリットだった。
クローディアは、反射的に身構える。
「何用だ、このような所に現れて。
まさか、そなたが私を捕らえたわけでもあるまい」
敵意を剥き出しにした彼女の口調に、エブリットは肩をすくめる。
「もちろんです。あなたの力を欲する身ではありますが、手荒な真似は逆効果だと知りましたのでね」
以前の、町ごとクローディアに敵対するよう仕向けた一件を指しているらしい。
その企みはジョー達に破られたので、以後慎重に動くようにはしているようだ。
「私がここに来たのは、ランスさんの危機をお伝えするためです」