第13回
光風暦471年5月27日:壮語の対価
ヒューイが目を見張る勝利を収めた後、試合はつつがなく進み、やがてジョーの出番が巡ってきた。
「やい、悪のザコ」
ヒューイがジョーに声をかける。
先程の勝ちですっかり自信をつけたらしく、堂々と胸を張っている。
「ん、何だ?」
「この一週間、よくも思いっきりしごいてくれたな。
俺にあれだけ無茶苦茶な練習させたんだ。あっさり負けたら許さないぞ」
それを聞いたジョーは、ふっと鼻で笑った。
「まあ見てなって。
この俺様が、お前さんの予想をはるかに超える勝ち方をしてみせるからよ」
それだけ言うと、ジョーは舞台に向かってのしのしと歩いていく。
その背中を見つめて、クローディアが言った。やや呆れた様子もまじえて。
「ジョー、丸腰で大丈夫なのか? 相手は武器を持っているぞ」
クローディアの視線の先には、今まさに舞台に上がろうとしている対戦相手の男の姿があった。
片手持ちの曲刀を持った戦士だが、ヒューイの対戦相手と対照的に、皮鎧に小振りの盾を着けた軽装の男で、素早さを持ち味にしていることが推し量れる。戦いが始まるやいなや、目にも止まらぬ攻撃がジョーを襲うはずだ。
なのにジョーは、武器はおろか、防具すら身につけていない。己の肉体を武器にする闘士という見方はできるが、やはり無謀としか思えない。
しかしジョーは気楽に答えた。
「ん、心配してくれてるのか、クローディア?」
大丈夫かどうかの答えが来ると思っていたクローディアにとっては、いささか面食らう答えだった。彼女は慌てふためいて怒鳴る。
「だ、誰がだ!」
意外な大声に、ランスやヴァルター達が驚いて彼女に振り向く。
クローディアは慌てて口をふさぐが、もう遅い。自らの「西方の聖者」らしからぬ振る舞いに、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。もっともそれは、彼女が見せた生き生きした一面として一同へ好印象を与えていたのだが、彼女が知る由もない。
やはり、知らずのうちに彼女はジョーの影響を受け、少しずつ心が変わってきているようだった。
「と、とにかく行って来い、ジョー。負けたら……承知せぬぞ」
顔も上げられないクローディアに、ジョーは得意げに宣言した。
「おうよ。お前さんが出るまでもなくバッチリ勝ってみせるから、安心してな」
「ふん」
悪態をついてジョーを送り出したクローディアだったが、ふとこんなことに思い至った。
「(私が出るまでもなく? もしやジョーは、私に力を使わせないために試合へ出たのか?)」
確実に大会で優勝しようと思えば、強大な力を操れる「人造魔神」のクローディアが参戦すればいい。彼女の力なら、おそらくリリベルの剣術も優に凌げるはずだ。
しかし、彼女は先日のレイザンテの一件以来、自らの力を使うのに抵抗を感じていた。実際には思い過ごしではあったものの、自らの力が守るべき者を殺めるのではという恐怖が根ざしているのだ。
「(もしやジョーは、弱気になっている私を察して、自らが出たのではなかろうか?)」
そしてまだ赤い顔を上げてジョーの後ろ姿を見つめるが、もちろんその背中は何も語らず、能天気に舞台の上へと去っていった。
「(ジョー、無事に帰って来るのだぞ。心配してやるから)」
舞台の上では、ジョーと軽装の戦士とが向き合っていた。
「よう」
いつものように、気楽に手を挙げて挨拶するジョー。
その無防備さに呆気に取られながらも、戦士は生真面目に応じる。
「闘士よ、よろしくお相手願う」
「こちらこそ。お前さんには、いい『心』を感じるぜ」
「貴公は武装していないが、全力で行ってもよいのだな」
「無論だ。お互い力を出しきらないと、試合の意味がねえ」
「いい答えだ。速攻で決めてみせる。覚悟はよろしいか」
「もちろん。お前さんも油断するなよ」
そして二人は、よい緊張感を保って構えをとる。
戦士は曲刀を下段に構える。刃先を地に着けそうなほど下げる構えは珍しい。どう攻めて来るのか読みにくい。
ジョーは右手を開いて腰だめに引き、左手を胸の前で握り、腰をかがめた。いつでも飛び出していけそうな姿勢だ。
ここでしばらくの時が、静寂とともに流れる。
そして試合開始の号令が発せられた。
二人ともが一気に前に踊り出て、彼我の距離を虚無へと変えた。
その間に戦士は、曲刀を鋭い動作で後ろに引く。そこで戦士の胸元ががら空きになった。
すかさずそこに、ジョーが右の掌底を突いていく。
「ほわちゃあっ!」
妙な掛け声とともに。
しかし、両者の敏捷さには歴然とした開きがあった。
すかさず、戦士が引いた曲刀に勢いをつけて振り戻す。胸元を空けたのは、誘いの動作。それに乗ったが最後、強烈な反撃が待っているのだ。
誰もが、その一撃はジョーの体をとらえると思った。クローディアも、思わず目を覆う。
しかし、結果は全ての観衆の予想を覆した。
戦士の攻撃がジョーに届く前に、ジョーの手が戦士に届いていた。しかも右手で戦士の胸倉を掴むと同時に、左手で戦士の刀を持った右腕を掴んでいる。戦士は目を大きく見開いて、硬直している。
なぜそうなったのか、戦士にも観衆にも説明がつかなかった。とにかく、「なぜか」ジョーが戦士を抑えたのだ。
実際の理由は、二人の体格差、そしてジョーの完璧な間合いのはかり方にあった。その体格からくる長いジョーの腕が、戦士の懐に深く入らずとも、そして速さで劣っていても相手をとらえたのだ。
このような大胆な間の取り方は、素人には決してできない。熟練の戦士ですらも、なし得ることではない。だがその手練ぶりを先程の奇声や緩慢な振る舞いがはぐらかしていて、ジョーの実力を把握できた者は一人としていなかった。
「見事な立居、しかとこの目に」
ジョーは戦士にささやくと、そのままにこやかに戦士を吊り上げる。そして。
「また戦おうぜ!」
と、軽やかに場外に投げ飛ばした。
「なんという出鱈目な男なのでしょう、彼は」
舞台脇へ戻って呆れ顔のクローディア達からあれこれ言われているジョーを遠目に、エブリットはため息をついていた。
「まあ、彼のことは捨て置きましょう。気を付けるべきはあの剣のみです」