第12回

光風暦471年5月27日:男の初戦

 町の中心部にあった舞台が会場となる武道大会。

 普段から賑やかな界隈が、今は一層の人であふれかえっている。

 武術の技を競うこの大会では武器の携帯も認められているが、殺しはご法度と定められているため陰惨な空気はなく、華やかな祭りの様相を呈している。

 広場の周囲の露店の数もぐっと増えており、観客がしきりに観戦のお供を買い求めている。

「この一週間、よく練習に耐えたな、ヒューイ」

 大会参加の受付を済ませたヒューイに労いの言葉をかけたのは、クローディアだ。

 時間がないとあって、ジョーの課した訓練は厳しいものだった。

 しかしヒューイは、泣き言を言わずにそれに耐え抜き、ここに立っている。

 一介の男として、確かに一回り成長した様子が伺える。

「まあね。後で悔やむぐらいなら、できることはやりたかった。

それだけのことだよ」

 クローディアは、黒い剣を手にしたヒューイの心意気に笑顔でうなずいた。

 そして、広場を埋め尽くした人々の歓声とともに、大会は幕を開ける。


 試合は一対一で行われる。

 勝敗のつけ方は単純明快。相手を舞台の外に追いやればよい。

 今回の参加人数は16人。勝ち抜きの形式で進行し、決勝戦に勝った者が晴れて優勝の栄誉を手にする。

 決勝戦に向けて、参加者は8人ずつの組に二分される。

 ヒューイは、ジョーと同じ組にいる。

 エブリットの予告どおり、リリベルも参加しているが、こちらは別の組だった。

 つまり、ジョーかヒューイかがリリベルと対戦するとすれば、それは決勝戦になる。

「きっとリリベルさんは、決勝まで来るはずだね」

「うむ。

リリベルに勝つならば、決勝まで進まなければならんぞ、ヒューイ」

「うん」

 ランス、ヴァルター、ヒューイが短く言葉を交わした。

 ヒューイの短い言葉には、確かな決意が表れていた。

 そして高らかな開会宣言の後、試合は進み、ついにヒューイの出番が回ってきた。


 飲み込まれてしまいそうなほどの、観客の歓声や視線。

 それを受けてなお、ヒューイはしっかりと舞台に足を踏み入れた。

 気負いがないとは言えないが、それでも一人前の戦士の面構えをしている。

 そしてしっかりと、対戦相手の戦士を見据えた。

 対戦相手も、ヒューイと同じく剣を手にしていた。片手持ちの長剣を、抜き身で構えている。

 黒く、短く刈り込まれた髪。鋭い眼光の主。分厚い鎧に身を固めた、筋肉質の屈強そうな男だ。

 一目で熟練の戦士だと分かる。

 彼は相手となるヒューイが気に入らないようで、向き合ったときにこう声をかけてきた。

「少年よ。俺を楽しませてくれるのだろうな。

見るからにひ弱そうだが、あまりに歯ごたえがないようでは悲しいぞ」

 これに対して、ヒューイは黙って鼻で笑った。肝が据わったようで、不敵な笑みを浮かべている。

 そして彼は、鞘に収まったままの「勝者の剣」を両手で構えた。

 ちなみにヒューイは軽装で、着けている防具は皮鎧のみだ。

「ふん、態度は一人前のようだな。

しかし剣の鞘も抜かないとは、俺もなめられたものだ」

 不快そうな対戦相手に、ヒューイは一言告げた。

「抜いたら、とんでもないことになるんでね」

「こけおどしを。少年よ、その不遜な行い、すぐに後悔させてやるぞ」

 二人が言葉を交わしたのは、ここまでだった。

 二人の間に立った審判が腕を振り上げ、試合が始まったのだ。

 即座に、戦士が剣を構えて突っ込んでくる。

 まるで巨大な岩石が飛んでくるかのような迫力だ。

 戦士は素早く剣を振りかぶり、ヒューイの剣を目がけて鋭い一撃を放つ。

 対するヒューイは、懐に飛び込んでくる戦士の動きをはっきり見切り、そして。

 一瞬身を沈めると、戦士の動きの数倍はあるかと思える速さで、跳ね上がるように「勝者の剣」を振り上げた。

 その意外なまでの速さと力強さとに、戦士の剣は完全に勢いをそがれ、弾かれた。

 観客は、予想しなかった展開に静まりかえる。

 そして束の間の静寂のなか、動揺して目を見開く戦士の視線と、口元を吊り上げるヒューイの視線とが重なった。

 次の行動に移ったのも、ヒューイが早かった。

 構えを解かれ、がら空きの体勢の戦士に対し、素早く身をかがめ直したヒューイが、鋭い突きを放った。

 どこにそんな力が秘められているのか、その一撃が戦士を後ずさらせる。

 そしてそのままヒューイは手を緩めることなく、次々と斬撃や突きを繰り出す。

 無論、鞘に収まったままの剣が戦士を切り裂くことはない。

 しかし、一撃一撃に込められた力が、徐々に戦士を舞台の隅に追いやる。

 そして。

「これで決まりだ!」

 今までで一番速い一閃を、ヒューイが戦士に放つ。

 ついに戦士は、構え直すいとますら与えられず、場外に弾き出された。

 そしてこれをもって、ヒューイは初戦を突破した。

「ヒューイ兄ちゃん、すごい!」

 ますます盛り上がる観客の歓声に混じって、神殿の子供達がヒューイに黄色い声を浴びせる。

 ヒューイはにっこり笑って、彼らに親指を立てて応えた。


「やはりまた出てきましたか、あの剣が」

 それを会場の一角から眺めていたエブリットが、そっとつぶやいた。

 傍らに黙してたたずむリリベルに聞こえるように、

「今の少年の動きは、剣の力だけのものではありませんね。

きっと相当鍛錬を積んだのでしょう。

ですが、それでどこまで太刀打ちできるものでしょうか。

面白いことになりそうですね」