第14回
光風暦471年5月27日:担い手に挑む者達
ほどなくリリベルの出番がやってきた。
彼女の存在や実力を、町の人々は皆知っている。
かつて彼女が、町を襲った魔物の群れを一人で退けたのだから。
観衆は一様に静まり返り、畏怖や尊敬のこもった眼差しを彼女へと注いだ。
しかし、壇上に立つリリベルには覇気が感じられなかった。
無表情とも言える精彩に欠ける面持ちで、うつむいて立っている。
その手には古くから伝わる剣を手にしているが、鞘に収まったままだ。
柄や鞘の装飾から並々ならぬ業物だとは容易に理解できるが、鞘の中にあるためか、威圧めいた力は感じられない。
「あれが、いわくつきの剣なんですね」
しげしげと剣を眺めながら、ランスがヴァルターに話しかける。
「うむ。強大な魔法の力を秘めた剣だ。『神の怒り』と我々は呼んでいる」
クローディアも、リリベルや剣を凝視している。
「まだその力のほどは感じられぬが。鞘から抜かれたとき、どうなるかだな」
ヴァルターは固唾を飲みつつうなずいた。
そんな声をよそに、リリベルは対戦相手の魔術師の男と向き合った。
双方、深く頭を下げて相手に一礼し、距離をとる。
そして、試合開始の号令が下された。
次の瞬間。
呪文の詠唱に入ろうとした魔術師は、旋風に飲まれて吹き飛んでいた。
そして彼が場外に落ちるまで、リリベルは同じ姿勢で立ち続けていた。
そして呆然とする観衆に向けて一礼すると、彼女は無言で舞台から降りた。
「やはり、『神の怒り』の力もリリベルの技も、以前からいささかの衰えもなかった」
固い表情のヴァルターは、うめくような声で言い、こう続けた。
「私には見えなかったが……今リリベルは、確かに剣の力を使った」
その言葉に、クローディアがうなずいて言う。
「居合いだな。素早く剣を抜いて、一撃の後に鞘に戻す技だ。
しかし、あのように速い居合いは見たことがない」
感心しつつも、やはり先への不安が隠せない。そのことが口調に表れていた。
無理からぬことだ。人造魔神のクローディアにそう言わしめるほどの剣速だったのだから。
「(やはり、ジョーやヒューイではなく私が出ればよかった)」
と悔やむが、もう遅い。
「ねえ、ヒューイ兄ちゃん、悪のザコ。大丈夫?」
神殿の子供達が、心配そうにヒューイやジョーを見上げる。
ヒューイは答えに詰まるが、その様子を見たジョーに、盛大に肩を張り飛ばされた。
「うわっ……い、いってえなこのバカ野郎!」
本当に痛かったらしく、目に涙をためてジョーに食ってかかるヒューイ。
しかしそれを軽く抑え込みつつ、ジョーは子供達に笑いかけた。
「確実絶対に大丈夫だ。
決勝を楽しみにしてな。この世で一番強いのは何か、そん時分かるからよ」
そして試合はさらに進む。
やがて順調に勝ち進んだジョーは、準決勝でヒューイと対戦することになった。
しかし、ここでジョーはあっさりと棄権した。
ざわめく観衆、そして審判やヒューイに向けて、ジョーはよく通る声で告げた。
「後のことは、全てこのヒューイに託す!
こいつはみんなの心に残る勝負をして、絶対優勝してくれる。
俺様はそう確信している!」
その様子を、やはりエブリットは呆れながら見ていた。
「まあ、あの大男と少年と、どちらが来ようとも彼らの勝ちはあり得ませんが。しかし、あえて少年を危機にさらすとは。
少年の顔を立てたいのでしょうが、甘いとしか言いようがありません」
そう言いつつ、彼は傍らに戻っているリリベルを見やる。
そして彼は彼女の反応を伺うが、リリベルはやはり押し黙ったままだ。
「相変わらず無口ですね。
まあ、無理もありませんか。家族のように過ごした者と戦うことになるのですから。
でも手加減は許しませんよ。
少年の命を救う代わりに、この大会で剣の力を存分に使うと約束したのですから」
その時、リリベルは彼の言葉に反応を示した。
視線を宙にさまよわせつつ、小さくうなずいたのだ。
エブリットはその様子にかすかな違和感を抱いたが、すぐにそのことを意識の範疇から追いやり、満足そうに薄く微笑んだ。
そしてリリベルも当然のごとく勝ち抜いて、ついに決勝の時がやってきた。