第7回
光風暦471年5月19日:はかなき命
このリリベルの言葉に、最も反応を示したのはジョーだった。
「ふうん、あの野郎がな……」
やや皮肉めいた言葉だが、まんざらでもない感情も混じっている。
不思議な反応に、リリベルが尋ねる。
「いかがなさったのですか、ジョーさん?」
「あ、いや。あいつにしては意外な行動だと思ってな。
じゃあ結局あいつは、偶然この町が襲われている時にやって来て、ヒューイを蘇らせて去っていったというわけなのかい?」
ジョーの表情は穏やかだが、まだ訊きたいことがある様子だ。
「はい。そうなのですが……?」
ジョーは何が言いたいのだろうと、掴みかねて小首を傾げるリリベル。クローディアやヴァルターも、不思議そうにジョーを見つめている。
その様子に気付いたジョーは、己の思考をこう付け足した。
「つまり、野郎は剣が目当てでここに来たわけじゃないってことなんだな?」
「ええ、それは間違いありません」
きっぱりしたリリベルの答えで、ジョーはようやくすっきりしたようだ。
「なるほど。
まあ、野郎のことだ。はなから剣目当てだとは思えなかったけどな。
なぜ剣のある神殿を訪れたのかが分からなかったけど、そういうことだったんだな」
ここでジョーは、自分に向けられたクローディアの不思議そうな眼差しに気付いた。
「ん、どうしたクローディア?」
「ジョーの話しぶりを聞いていると、そのメイナードという人物が気になってくるのだ。
いったい、メイナードとはどういう人物なのだ?」
ジョーは答えに詰まり、しばらく腕組みをして考え込む。
「そうだな……まあ、簡単に言うなら、根っからの武人ってとこかな。
ただ、本当にそうなのかどうかは分からない。掴み所のない奴でよ。
そのあたりを確かめたいってのが、旅の目的なんだ」
「そうか」
クローディアは遠い目をして、ぼんやりと想像を巡らせているようだ。
しかし、すぐにジョーの次の言葉で我に返る。
「ま、それはさておき」
ジョーは、話が逸れて残されていた疑問を並べ立てる。
「今のリリベルさんの話で、聞きたいことがまだある。
一つは、メイナードの野郎が使ったという蘇生について。
もう一つは、剣の力について。
まずは、蘇生について……」
そこで、クローディアが目を見開いて、こう言う。
「そうであった。
蘇生などという奇跡を、その人物が果たして施せるものなのか。
それについては、私も強く疑問に思う」
この世界の一般的な知識として、蘇生の奇跡は、聖職者にとっての究極の境地とされている。神の存在する世界なので、こうした奇跡の存在も否定はされていないが、それを目の当たりにした者は公には確認されていない。
実際のところ、蘇生を行う神聖魔術は存在するのだが、世界有数と言えるほど高位の術者でなければ体得できないので、その存在は幻として語られている。
はたしてメイナードという武人が、そのような奇跡を施すことができるのか。
リリベルの話を疑っているわけではないクローディアだったが、なまじ自らが高位の聖職者であるがゆえに、不思議に思えて仕方ないのだった。
しかしその思いは、ヴァルターの答えによって得心のいくものとなった。
「いや、メイナード殿も完全な蘇生は行えなかった。
今のヒューイは、かりそめの命で動いている存在なのだ。
生前と同じ人格を有して、生前と同じように暮らしているが、その生命は通常の手段ではつなげない」
そしてヴァルターは、懐から丸薬の入った小瓶を出して見せた。
「術のかかった薬だそうだ。これを一日一粒摂らなければ、ヒューイは死ぬ」
三人の視線は、瓶に釘付けになっている。
「蘇生の奇跡というより、反魂の術といった感じですね。
言いにくいのですが、ヒューイは亡者として蘇ったのでは……?」
ランスの言葉に、ヴァルターはうなずく。
「そのようなものだと、メイナード殿はおっしゃっていた」
「何とかならないのですか?
ヒューイを元通りに復活させる方法はないのですか?」
ヴァルターは、いっそう重々しく答える。
「メイナード殿は、こうおっしゃった。
『いつかきっと、救いの主が現れるだろう。それまでは機を待て。
すまぬが、自分にできるのはここまでだ。あとはその者に委ねる』と」
クローディアは無言でランスと目を合わせ、そして沈痛そうにうつむいた。
「そうか。
ところで、今度は剣の力について訊いてもいいかい」
再びジョーが話を変えた。