第5回
光風暦471年5月19日:司祭の誘い
リリベルはまっすぐジョーを見つめているが、その視線にはどことなく不安げなものを感じる。
物腰の柔らかさを物語る、穏やかな目元。その茶色の瞳はあくまでも澄んでいるものの、心に根ざす影のようなものを映し出しているようにも見える。
ジョーはその様子を感じ取ったのかどうか、一瞬無言で彼女を見つめ、それから話し始めた。
「時間をとらせて申し訳ない。
メイナードという名の男が、以前にここを訪ねたと聞いた。
その男の行方について、ご存じのことがあれば教えていただきたいのだが」
「メイナード……」
と小声で復唱したのはリリベルではなく、クローディアだった。
ジョーが初めて口にしたその名。ジョーの旅の目的になっているという人物。
知らず知らず、クローディアはその存在を深く気にしていたようだ。
もっともクローディアのつぶやきは周囲の誰の耳にも届かず、会話の妨げになるものとはならなかった。
「ええ、今から半年ほど前のことでした。
そう名乗る旅の方と、確かにお会いしました」
そしてリリベルは、堅い表情でこう続けた。
「あの方には、ひとかたならぬお世話になりました」
言葉にふさわしくない表情。すかさずジョーが問う。
「お世話に、か」
この時のジョーも、複雑な表情をしていた。
普段見せている、明るい気楽な表情ではない。
リリベルの言葉に喜ぶような、同時に苛立ちもするような。なぜかそうした複雑な感情が入り混じった表情をしていた。
そしてジョーは、無意識のうちにであろう、とても真剣な眼差しをリリベルに向けていた。
「あの野郎が、いったい何をしたっていうんだい?」
リリベルは言葉に詰まる。
「それは……」
彼女がメイナードという人物に恩義を感じているのは、間違いなさそうだ。しかし、そこには複雑な事情があるらしい。
不思議そうに見守るランス、クローディア、そして子供達に囲まれて、リリベルは沈黙してしまった。
「すまない、言いにくいことを訊いちまったんだな。許してほしい。
改めてあの野郎の行方について、教えてもらえないか?」
リリベルの様子を見て我に返ったジョーが、申し訳なさそうに話を戻す。それで彼女も、ようやく言葉を発することができた。
「はい。あの方、メイナード様は、首都を目指して旅を続けるとおっしゃいました」
「首都。アリエスタか。野郎は東へ向かったわけだ」
「はい。おそらく」
ジョーが名前を口にしたレグナサウト王国の首都。人と物とが集う、巨大な都市だ。
ここイルバランの町は、王国の西端近くにあり、首都は東海岸にある。
ジョーが追うメイナードは、ずいぶん長い旅をしているようだ。
「そうか、ありがとう。
それだけ聞けたら十分だ。
お邪魔して申し訳なかった」
そう言って、ジョーは素直に頭を下げる。
それ以上の追求はきっぱりしない、という意思の表れだ。
「いえ、そんな。
ジョーさん、もう行かれるのですか?」
歯切れ悪そうに、かつ残念そうに、リリベルが引き留めようとする。
「ああ。これ以上邪魔をするわけにはいかないからな。
アリエスタに向かって旅を続けるよ」
と、ジョーは申し訳なさそうに微笑んで、軽く手を挙げた。
すると慌てて、ヒューイ達が口々に抗議した。
「もっとゆっくりしてけよ、お兄さん、お姉さん。ついでに悪のザコ!」
「そうよそうよ、もっと私達と遊ぼうよ!」
「せっかく友達になったのに」
「今夜は泊まっていきなよ、ここに。俺達のベッド使わせてやるからさ」
ジョーは、困り顔で二人の仲間と顔を見合わせた。
そこに、よく通る低い声でヴァルターが言った。
「子供達の言うとおり、今日はここに泊まって行っていただけぬか」
「でも、お邪魔になるかと」
とランスが遠慮するが、ヴァルターはゆっくり首を横に振った。
「いや、むしろ子供達も、リリベルも喜ぶ。むろん私もだ」
そしてヴァルターは続ける。
「先にお詫びを申しあげる。
『剣』の担い手に話を聞きたいということで、初めは剣を手に入れようとする欲深き者かと疑っていたのだ。
しかし、想像とはまったく違うことが、皆様を見て分かった。
ぜひ、今日はゆっくりして行っていただきたい。
そして、その前に」
そしてヴァルターは、ジョー達を奥へと手招きした。
「皆様、リリベル、こちらへ。
先のメイナード様の話をいたそう。
ヒューイ達は、しばらく外しておくれ」