第11回
光風暦471年5月12日:逆転、そして
「無事でしたか。よかった、本当に」
剣を背負い、息せき切って現れたレイザンテの長に、言葉も出ないクローディア。
しかも長は、大勢の住人達も率いている。
住人全員と言ってもよいほど、本当に大勢が駆けつけている。
いったい、なぜ。
私は町から追放されたのに。
仲間を殺した殺した自分を、町の人々は心から恨んでいるはずなのに。
なのになぜ、自分を助けに来てくれたのか。
予想外の現実に、クローディアはただ呆然と立ち尽くした。
「いったいどういう風の吹き回しですか、レイザンテの人々よ。
あなた達の仲間を殺したクローディアさんを、なぜそのように必死になって、助けに来るのです」
エブリットはそう言って、片目をつぶって肩をすくめた。
彼らの行動が理解できないといった面持ちだ。
もっとも、彼らに何ができると思っている風でもなく、焦りは微塵も見せていない。
しかし長は、そんなエブリットを一蹴した。
「しらを切るな。
分かっているはずだ、貴様の企みを見抜けたからだと」
エブリットは、片眉を吊り上げた。
「企み? いったいなぜ、そしてどう見抜いたというのですか?」
まだエブリットは彼らを取るに足らない存在と思っているらしく、かすかに動揺の色を見せつつも、小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべている。
「ジョーさんが教えてくれたのだ。パメラは殺されていないと。
貴様の手下が前もってパメラを捕らえて、そしてパメラ達に成り代わって、クローディア様に殺されたように演技をしていたのだと。
クローディア様をさらうために、一番卑劣な方法で、私達の抵抗を防いだのだと!」
エブリットの整った顔に、憎悪の色が表れ始めた。
「ジョーさんは、貴様に瀕死の傷を負わされながらも、パメラ達に化けた貴様の手下と戦って、その正体を、そして真相を知らせてくれたのだ!」
クローディアは、嗚咽にも似た声をあげて、息をのんだ。
自分が町の住人を殺していないと知って。
そして何より、ジョーが生きていると知って。
これまで彼女の心をさいなんでいた枷が、一気に吹き飛ばされた。
「今さら、クローディア様やランスさんを助けに来たところで、己の罪がぬぐえるとは思っていない。
しかし、もう迷ったりはしない。
私達は貴様を退けて、クローディア様やランスさんを助ける!」
長の言葉を聞くクローディアの頬を、知らずに涙が伝っていた。
一方、長の宣言を聞いたエブリットは、不機嫌極まりない様子だ。
「おとなしく騙されていればよいものを。
真相を知ったところで、あなた達ごときが、どうやって二人を助け出すというのですか」
すっかり侮蔑しきった口調だ。
しかし、この後すぐに、エブリットは恐れを抱くことになる。
長が、背中に吊っていた剣を抜き放ったためだ。
それは、ただの剣ではなかった。
「な、何ですか、その剣は」
「力尽きて倒れたジョーさんが、私達に託してくれたのだ」
黒い柄に銀の刀身をそなえたその剣は、青白い燐光をまとっていた。
片手でも両手でも扱える、いわゆる両用剣、バスタード・ソードだ。
長さでこそエブリットやランスの剣に及ばないが、肉厚で、底知れぬ力強さを感じさせる。
そして同時に、秘めた魔力の強さもひしひしと感じることができる。
刀身が光っているからだけではない。
その剣が抜かれた瞬間、場の雰囲気が変わったのだ。
いかなる存在にも屈しないと言わんばかりの、激しい気迫のようなものを、あろうことか剣自体が発しているのだ。
「ジョーさんは言っていた。『逃げずに戦え。剣も、そして剣の主も、必ず味方をしてくれる』と。
勇気のない私達に立ち上がるきっかけをくれた、あの人の気持ち、無駄にはしない」
そして長は、剣をしっかり両手で握り、エブリットと向き合った。
エブリットは、冷たい眼差しを長に向ける。
「ふん。所詮はこけおどし。
『救世者』をすら凌いだ私に、勝てると思っているのですか」
そして、すぐさま前に踏み出したエブリットは、鋭い一撃を袈裟懸けに放った。
だが長は、それをさらに上回る速さで剣を振るい、打ち払った。
「な……」
動揺するエブリット。
しかし、一番驚いたのは長自身だった。
信じられないという目で、自らが持つ剣を見つめている。
それを見て隙ありと判断したエブリットは、動揺しつつも、容赦なく突きを放つ。
しかし、即座に長は刀身を絡めて、迫る剣先を逸らす。
そして、なおも驚いた顔をして、剣を見つめ続けている。
その様子を見て、エブリットは悟った。
「まさか、知性ある武器(インテリジェント・ウェポン)!?」
自我や知性を宿す武器が存在することは、この世界の人々には広く知られている。
そして同時に、その希少性もまた、知られるところとなっている。
単なる魔法の剣どころではない。
おそらく、この世に数十あるかないかというほど、貴重な存在なのだ。
だが、そのような貴重な存在であっても、ほとんどはせいぜいが持ち主と意思疎通できる程度。
能動的に動ける存在など、エブリットやクローディアですらも、聞いたことがなかった。
しかし。
ランスだけは知っていた。
なぜなら、長が持っているのは、ジョーの剣だったから。
「(そのまさかだよ。『勝者の剣』が相手じゃ、さすがに分が悪かったね)」
その剣の名は「勝者の剣」。
「力」を司る主神オーゼスが作ったと言われる、「聖なる武具」の一つだ。
神に選ばれた、真の勇者のみが授かる武具。
その一つ一つが神とすら渡り合えるほどの攻撃力や防御力を持ち、所有者の意思に応じて、自在に呼び出して身にまとうこともできる。
その武具の一つが、この剣なのだ。ただの魔法の剣とは格が違う。
その図抜けた力をようやく掴み始めた長は、エブリットを撃退しようと、積極的に斬り込み始めた。
剣は、目視すら困難なほどの鮮やかな動きで、徐々にエブリットを追い詰める。
そしてこのまま、勝負がつくかと思われたが。
続く一撃をエブリットが身を沈めてかわし、彼の後ろに回り込んで距離をとった。
「剣の動きは一流ですが、体捌きはしょせん素人。
ならば距離をとって魔法を打ち込めば、私の勝ちです」
そして長が構え直す間もなく、エブリットは魔法の呪文を紡ぎあげた。
「Dauza! Eht-fia-cesta-rauza-mehnu-stol-bau!」
「まずい!」
ランスがエブリットの呪文を阻もうと体当たりをかけにいくが、それすら間に合わないほど呪文の詠唱は早かった。
勝ち誇った笑いを浮かべながら、エブリットは呪文を完成させた。
「Super Blaze!」
長の立っている付近の地面から、一斉に激しい炎が湧き起こる。
火系精霊魔術の、広範囲の攻撃呪文だ。
長には逃げ場などない。
一瞬で焼かれ、絶命するはずだったが。
天井まで届かんばかりの勢いで起きた炎が、突然、嘘のようにかき消えた。
いったい、何が起きたというのだ。
エブリットもクローディアも、長達も、狼狽しつつ一斉に辺りを見回す。
そして全員、すぐに同じ所で視線が止まった。
いつの間に、そこにいたのだろうか。
エブリットに向き直った長の背後に、黒い鎧を全身にまとった男が立っていたのだ。
「貴様、何者だ!?」
叫ぶエブリットに男は、兜の隙間から覗く口元を吊り上げて、無言で笑った。