第3回

光風暦471年5月10日:戦う聖者

 知らせに違わず、町の外には何百体という数の魔物がいた。

 鋭い眼光をたたえた屈強な魔物の数々が、一斉に三人を睨み据える。

 そして、ひときわ強そうな魔物の一体が前に進み出た。

 浅黒い肌で長身の、筋骨隆々とした姿。背中には鍵爪の生えた翼がある。

 レッサー・デビルという悪魔の一種。「悪」の神である「魔神」に仕える、油断のならない強力な存在だ。

 その悪魔が声を発した。

「くっくっく。出てきたか」

「町に危害を加えさせるわけにはいかぬゆえ」

 クローディアが同じく前に出て、魔物に応じる。

「まったく、殊勝なお言葉だぜ。

よし。貴様がおとなしく身柄を俺達に引き渡したら、町には危害を加えないでやろう。

どうだ」

 口の端を吊り上げて、魔物は笑っている。

 そんな魔物に、クローディアは一言答える。

「断る」

「そうかい。親切に平和な解決策を出してやったのに、断るのかい」

「うむ」

「じゃあ、可哀想だが死んでもらうとしよう。町の奴らも、その後で皆殺しだ」

 悪魔のその言葉を引き金として、魔物達が一斉に闘いの構えをとる。

 武具が擦れ合う音とともに、えもいわれぬ殺気が押し寄せてくる。

「これだけの魔物と戦うっていうのは……ちょっと困ったな」

 背中の大剣を抜き払いながら、ランスが言う。

「心配は無用だ。手早く片を付ける」

 クローディアは、ランスを安心させるように笑顔を見せた。

「手早くって」

 と疑問を言葉にしようとしたランスを、悪魔のかけ声が遮る。

「行くぞ、死ね!」

 それと同時に、クローディアが大きな声で叫んだ。

「Dauza!」

 その声に魔物達が一瞬ひるむ。

 声の大きさにひるんだこともあるが、より大きな理由はその言葉によるものだった。

「Rauza-ann!」

 呪文だ。術者が操る超常の力、魔法。それを発動させるための言葉を、クローディアはつむいでいるのだ。

「神聖魔術だ」

 つぶやくランス。この世界には魔術と呼ばれる、4つの魔法の体系がある。精霊の力を借りるもの、神の力を借りるもの、自分の精神のみを力の源とするもの。そして魔神の力を借りるもの。そのうちで神の助けを借りて行使する魔術が、ランスの言う神聖魔術だ。

「あの呪文、オーゼスの神聖魔術だな、ランス」

「うん」

 人々に信仰されている神は四柱あって、「四大神」と呼ばれている。

 四大神は、それぞれが独自の神聖魔術の系統を編み出している。

 そして、そのうちの主神の名をオーゼスという。

 彼女が操る主神の魔術は、比較的攻撃に力点が置かれている。

「Cesta! Palt-mehnu-hine-stol!」

 彼女は、8節に定型化された呪文を詠み唱える。

 すると、複雑に所作を変えるクローディアの手が、まぶしく青白い光を発し始める。

 悪魔は叫ぶ。

「構うなっ。殺せ!」

 その言葉を受けて魔物達が一斉に飛び出すが、その瞬間、呪文が完成した。

「High Shoot!」

 クローディアの手から青白い光の矢が2本、放たれた。

 矢は複雑な軌跡を描いて、魔物達の間をすり抜けて。

 それを避けようとした悪魔の体を、狙い違わず貫いた。

 身の毛がよだつような叫び声をあげて、その場に倒れる悪魔。

 魔物達は顔色を失って動きを止め、じりじりと後ずさりを始めた。

 そんな魔物達へ、クローディアは高らかに宣言する。

「手心は加えてある。ゆえに死んではいない。

しかしこれ以上攻撃を続けるならば、次は命をいただく」

 首領を失った魔物達は、すっかり統制を失っていた。

「お、お頭っ!」

「ち、覚えていろ!」

「このまま済むと思うなよ!」

 叫び声に混じって口々に捨て台詞を残しながら、魔物達は悪魔を運びつつ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「殺生はせずにすんだな」

 肩の力を抜いて、クローディアがつぶやく。

「すごいよクローディア。呪文の威力もだけど、呪文一つで魔物を追い払うなんて!」

「まったくだ。こいつにゃ俺も驚いたぜ」

 ランスとジョーが、口々にクローディアを讃える。

 クローディアは、小さくお辞儀をしてはにかむ。

「本当に、これで終わってくれればよいのだがな」

「だな。あいつら魔物は、こういうことにかけちゃしつこいからな」

 肩をすくめて応じたジョーは、その時不意に、周囲の気配から何かを感じとった。

「(何か、まだいる。俺達の様子を伺っている)」

 しかし、ジョーがそれに対して反応を示す前に、その気配は消え去った。

 ジョーはほんの瞬間沈黙して、そして二人の仲間へ、にっと笑いかけた。

「ま、気にしても始まらねえさ。とにかく町に戻ろうぜ」