異聞録第4回
光風暦471年5月29日:衛士の期待
「メイナード…どんな人、だったのかしら?」
ユーノが、不意に切り出されたその話題の主、リリベルに問いかける。
「寡黙で、剛直な方でした。
剣を持っておられましたが、魔術の心得もあるようで、魔剣の力によって生じたヒューイの危機を救ってくださいました。
先日、エブリットさんという方がヒューイを完全に回復させてくださったのですが、そこに至れたのもメイナード様のおかげです。
ここしばらくの間に、恩のある方がたくさんできました」
と感極まった面持ちでリリベルが言うが、悪魔達は揃って、彼女の主題とは異なる部分に対して叫び声をあげた。
「エブリット様!?」
その声があまりにも大きかったので、リリベルは思わず飛び上がった。
「お、驚きました。エブリットさんをご存じなのですか?」
ユーノが、こわばった笑顔で取り繕いつつ詫びる。
「ご、ごめんなさいね。変な声をあげて。
その、まあ知り合いというか何というか……ごめんなさい、気にしないでね」
そして悪魔達は、ひそひそと言葉を交わす。
「まさか、あのエブリット様が人助けなんて、驚いたわね」
「ああ。あの方はいったいどのようなことを考えて、動いておられるのだろうか。単純に大きな力を手に入れて、周囲を制圧するおつもりだと思っていたが」
「私もそう思ってた。でも、何か違いそう。
やがて、何かが分かって来るかもしれないわね」
「そうだな。いろいろ気になってきたぜ」
ちょうどその時、神殿の入り口から悪魔達に声がかかった。
「少しお話を聞かせていただきました。
ジョーさん達をお探しなのですね」
その声に悪魔達やイングリットが振り向くと、二人の男が立っていた。
声をかけてきた男は、革鎧を身に着けた、細身の戦士。
そしてもう一人は、分厚い板金鎧を身に着けた、筋骨隆々の戦士。
武道大会に出場した戦士達だ。
大会では細身の戦士がジョーと、筋骨隆々の戦士がヒューイと、それぞれ戦って敗れている。
そして今度は筋骨隆々の戦士が、ぶっきらぼうに言った。
「驚かせてすまなかったな。
俺の名はダン、こいつがナイ。
俺達もジョーの行方が気になっているのだが、とりあえずここから東、ナハルの町に向かったことだけは掴んだ」
既にほぼ掴んでいたことではあったが、その情報に対してイングリットがにこやかに、そしてやはり間延びした声で感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます。明日には、ここをでてナハルをめざしてみたいとおもいます」
そして少し間を置いて、彼女はこう付け足した。
「でも、ダンさんとナイさんは、どうしてジョーさんの行方をおうのですか?」
この言葉に二人の戦士は顔を見合わせて、そして今度は細身の戦士ナイが礼儀正しく言った。
「あの方の正体が気になるのです。
先日私達はこの町で開かれた武道大会に出て、そしてジョーさんや、ジョーさんから剣を渡されたというヒューイさんに敗れました。
戦士としてそれなりに誇りを持っていた私達は、敗北は何かの間違いだと思い、大会の後で再度試合を申し込んだのです」
そこから先は、ダンが続けた。
「その時はジョーが剣をヒューイに渡さなかったから、ヒューイとの試合は実現しなかったが、代わりに俺達とジョーとで試合をした。
しかし、何度勝負を挑んでも俺達は勝てなかった。
毎度毎度ジョーは、素人としか思えないような緩い動きで、俺達を捕らえて投げ飛ばした。
最後には許しを得て二人がかりでジョーに挑んだが、それでも結果は同じだった」
ダンは悔しそうな、それでいて胸を躍らせているような、生粋の戦士らしさをありありと表情に見せていた。
そして再びナイが口を開き、先を続ける。やはりその目は生き生きしていた。
「これほどまでに不思議な戦いをするジョーさんが何者なのか、知りたいと思ったのです。
およそ規格外れな人だということは確かなのですが、どんな素性の人なのか。
それをぜひ知りたいのです」
そこまで聞いたイングリットは、にっこり微笑んだ。
「わたしたちと、いっしょに行きませんか?」
二人の戦士は面食らったが、やがて力強くうなずいた。
「たぶんこの先かならず、もういちどジョーさんにあえます。
そのとききっと疑問がとける。そんな気がします。
なぜジョーさんに勝てなかったのか、たぶんそのときわかるのではないか。
そんな気がするんです」
その言葉を、居合わせる一同は黙って聞いていた。
やがてリリベルが、おずおずとイングリットに尋ねる。
「衛士様。ジョーさんは……いったい何者なのでしょうか?」
「わたしにも、はっきりとは分かりません。
ただ、わたしが思っているとおりの、ほんものの戦士であればいいとは期待しています」
「本物の戦士……」
リリベルは、ぽつりとそう反芻する。「守り手」という一流の戦士であった彼女自身、その言葉には心の琴線に触れる何かがあるのだろう。そしてその言葉にジョーを重ねようとしているに違いない。
「おのれの弱さを知り、そこからおのれの強さをも知る。
けっしてみずからの力にふりまわされず、ひとの心の痛みをおもんばかる。そして戦いのさきにあるものを、けっして見失わない。
そういう戦士であればいいと、期待しています」
しばし一同は一言も発さず、イングリットの言葉を噛み締めていた。
やがてイングリットが、自ら再び沈黙を破った。
「あすには、ジョーさんの後をおうことにします。
早くに出たら、ナハルの町でさっそく追いつけるかもしれませんからね」
これから旅立つ一同は、黙してうなずいた。
そしてややあって、ディクセンが腕組みしながら尋ねた。
「ちなみにだ、イングリット」
不躾とも評されるような彼の態度にも慣れたもの。イングリットは、やはりにこやかだ。
「はい、ディクセンさん」
「そのナハルの町には、奴らが目指しそうな何かはあるのか?」
イングリットは、ディクセンの目を見ながら、小さくうなずいた。
「聞くところによれば、ナハルには、ふしぎな術者がいるみたいです。
ほかのどんな術者でもできないような奇跡を、ほどこしてくれるらしいです。
つたえきいた話なので、誇張が入っているとはおもいますけどね」
-第3部へ続く-