異聞録第3回

光風暦471年5月29日:さらなる追跡

 ある晴れた日の昼下がり。

 武術大会のあったイルバランの町へ、三人の男女が足を踏み入れた。

「さあやって来たぞ。『魔剣』があるっていうイルバランに」

 黒くて短く逆立った髪の男が、ふんぞり返って宣言した。

 彼の名はディクセン。旅人のいでたちをしているが、その正体は悪魔だ。

 人間の力では到底太刀打ちできない、恐るべき凶悪な存在、悪魔。

 その存在がいま、人の町に足を踏み入れた。

「じゃあ、さっさと情報収集しましょ。そうすればきっと、あの男のことも分かるはずだから。

気取ってないで、さあ行くわよ」

 つややかな長い黒髪の女が、呆れた様子であしらうように言った。

 彼女の名はユーノ。やはり正体は悪魔だ。

 この悪魔達は、かつてレイザンテの町でジョーに出会い、そして完膚なきまでに打ち負かされている。それでジョーの正体を知るために、悔しさ半分興味半分で旅をしているのだ。

「ああ。しかし奴は、魔剣を使って何かをするつもりなのか?

ただでさえ凶悪な奴が、これ以上凶悪になるつもりなのかよ」

 悪魔に凶悪と言われたくもないものだが、魔剣のある場所を目指したとなれば、その力で何かをしようとしていると想像するのは自然なことでもある。

「まあまあ、それは訊いてみたらわかりますよ。

じゃ、あそこにいるひとに尋ねてみましょう」

 聞いていると眠くなりそうな間延びした声を、残る一人が発した。

 緩やかに波打つ金髪の、帯剣した少女だ。

 彼女の名はイングリット・ウルム。ここレグナサウト王国の最高位守護者の一人「東方の衛士」だ。

 人並外れておっとりしているが、その実力は肩書き相応の凄まじいもので、その片鱗は悪魔達も目の当たりにしている。それゆえ悪魔達は彼女に頭が上がらず、彼らに無理やり付いてきた彼女を頭痛の種としている。

 そして悪魔達が止める間もなく、彼女はすたすたと歩いていき、そこにいる町の住人としばし会話して戻ってきた。彼女は開口一番、変わらぬ調子でこう告げた。

「魔剣は、こわされたそうです」

 面食らったディクセンが、頭の中を整理しつつ、イングリットに尋ねる。

「壊されたって……奴が壊したのか?」

「らしいです。ジョーさんがその場にいあわせた、ということでした」

「お、思いきったことをやってくれるじゃない。

で、ジョーはどこにいるの?」

 今度はユーノが、笑顔を引きつらせつつ尋ねる。

「このまちの神殿に身をよせているということです。いってみましょう」

 そしてイングリットは悠々と、悪魔達はおっかなびっくり、神殿へと向かった。


 神殿では、ジョー達をもてなしたヴァルター・リリベル・ヒューイ達が総出で三人を迎えた。

「なんと、ジョー殿のことをお探しとは。

よろしければ、あなた方の素性をお聞かせ願えないだろうか」

 穏やかに尋ねるヴァルターに、ディクセンが胸を張る。

「俺達は、人間どもがびびって泣き出す、偉大なる悪」

 悪魔と言おうとするディクセンを、すんでのところでユーノが張り倒して黙らせる。

「い、いきなり妙な切り出し方をしないの!

わ、私はユーノ。こいつがディクセン。よろしくね……あはは」

 その後の話はイングリットが引き取って逸らしてくれたので、ユーノはほっとため息をついた。

「わたしは、東部防衛軍のイングリット・ウルムともうします。

女王陛下のおおせで、ジョーさんをさがしております」

「噂に名高い『東方の衛士』様だとは。お会いできて光栄に存じます」

 リリベルが感激まじりに、折り目正しく一礼する。ヴァルターやヒューイも、驚きつつ頭を下げる。

 イングリットも、口調に似合わぬきっちりした動作で黙礼を返した。

 それからややあって、ヒューイがディクセンに尋ねる。

「で、さっき兄さんは『偉大なる悪』って言ってたけど、悪のザコのジョーのこと?」

「いや、それは俺様」

 学習もせず口を滑らせるディクセンを、再びユーノが張り倒す。

「あ、あはは。この馬鹿の言うことは気にしないでね。

ヒューイさん、先を続けてもらえる?」

 眼前の男の尻への敷かれっぷりに恐怖しながら、ヒューイは続けた。

「う、うん。とりあえずあいつは偉大なる悪じゃなくて、ただの悪のザコだからね」

「なるほど! 確かにそれはそのとおりだ。気が合うなヒューイよ!」

 猛然とがぶり寄ったディクセンが、がっしりとヒューイの手を握る。

 その様子を見ながらユーノががっくりと肩を落として、また溜め息をついている。

 そんな様子をにこやかに眺めながら、イングリットがヴァルターに質問した。

「まず伺いたいのですが、魔剣をこわしたのがジョーさん達なのだとききました。

それは本当なのですか?」

「さよう。実際に魔剣『神の怒り』を破壊したのはあのヒューイなのだが、そうできるように援助したのがジョー殿だ。

ジョー殿はヒューイに武術を教え、そして自らが携えていた剣をヒューイに貸し与えた」

「魔剣をこわすために、ジョーさんはそうした、ということなのですか?」

「うむ。人の生命の力を源としていた『神の怒り』を不要として、その『担い手』としての任を負っていたリリベルを、剣の破壊によって解放してくださったのだ。

そのおかげで町を魔物の脅威から守る大きな力は失ったが、私達はより幸せに過ごすことができるようになったし、結束もより固いものになった」

 というやりとりに続いて、リリベルが幸せそうに言った。

「ジョー様達には、本当に何とお礼を申せばよいか。この上ない恩人です」

 そんなリリベルの顔を見て、ディクセンが眉間に皺を寄せつつこぼす。

「あいつが尊敬されてるというのが、実に気に食わんな。

まあ、それはさておくとして、あいつは今はどこにいるんだい?」

 それには、ヒューイが答えた。

「悪のザコは東に行ったよ。昨日のうちにこの町からは出たと思う」

「ちっ。ここで追いつけると思ったのに、残念だ」

 悪態をつくディクセンに続いて、ユーノが問う。

「町じゅうの噂になるような大きなことをしてのけたのに、ジョー達はゆっくり滞在しなかったのね。

何か急ぎの目的があるのかしら? 魔剣に代わる次のターゲットでも見つけてるとか…?」

 リリベルが、にこやかに答えた。

「ジョー様達は、魔剣のような品を目指しているのではないようです。

以前にここに立ち寄った、メイナード様という方を追っているのだそうです」