第12回

光風暦471年10月1日:戦いが終わって

 主の消えた神殿の広間。その中央に一同の注目を浴びて立つ『光の戦士』。

 朝日の色に包まれたその長躯は、どこまでも厳かであった。

 兜の隙間から窺えるその横顔は、大仕事を成し遂げた満足感に満ちていた。

 やがて彼は、ぐるっと仲間達の一人一人に視線を注ぎ、剣を持った右手を挙げて言った。

「俺達の勝利だ!」

 周囲からは、大地を揺るがす勝ち鬨の声が返ってきた。皆、笑顔に輝いている。

「ジョー!」

 クローディアが駆け寄り、そして人目もはばからずジョーに抱きついた。

「許されよ、ジョー。こうでもしなければ、またそなたと別れてしまうなのではないかと不安なのだ」

「ずいぶん気を揉ませたからな。でももう大丈夫だ、どこにも行ったりしないぜ」

 クローディアには、ジョーのいなかった3か月がとても長く感じられた。しかしこうして再会できたジョーは、記憶の中の彼とまったく変わらず、屈託がない。

 それに安堵したクローディアは、頬を染めながら彼から離れ、そばに立った。

 彼女の脇に控えていたエリシアが、ジョーに低頭する。

「ジョー様。ご無事な帰還を果たされ、そして勝利を収められて、とても嬉しいです。この先も、どうか一緒に戦わせてください」

「エリシア。力のこもった、いい顔をするようになったな。お前さんも俺も、この戦いで一段と強くなれた。

あとはお前さんの生真面目さと俺の適当さを、お互いに移し合えたら面白いかもな」

「はい!」

 花が咲いたような、柔らかで幸せそうな笑顔を見せるエリシア。天使としての使命のみに突き動かされていた過去の彼女とは、やはり一線を画していた。

 クローディアが、呆れ顔でジョーをたしなめる。

「ジョー、私の母とも言うべき方を汚染するでない」

「僕はそうなるのも楽しいと思うけどね。

とにかくジョー、お疲れ様。ジョーは絶対に負けないって信じてたけど、そんな力を持ってるとは思わなかった」

 ランスが涼やかに笑いながら進み出て、ジョーに向かって親指を立てた。

「実際、『時空剣』の反動で何をしてもテュエールに通じなかった時は困ったぜ。

でも、何とかここまで来られた。ランス達も、本当にお疲れだったな」

 そして二人は、固く握手を交わした。

 そんな二人を微笑ましく眺めてから、エブリットがジョーに言った。

「とうとう本当に勝ってしまいましたね。あなたを何と出鱈目な男なのかとこれまで何度も思ってきましたが、今回はとびきりでしたよ」

 ジョーはいつものおどけた調子ではなく、真面目に答えた。

「途中で諦めていたら、この勝利はなかった。諦めずに戦い続けてよかっただろう?」

「そうですね、本当によかったと思います。しかし、ここで一つ、教えていただきたいことがあります」

 思いがけず受けた問いに、ジョーは小首をかしげる。

「何だ?」

「私の故郷の町のことです。バートラム陛下によると、無事とのことでしたが」

 ジョーは、うなずいて言った。

「ああ。あいつのレベルは今の俺より上だからな。テュエールの力の干渉をまったく受けずに、気取られることすらなしに、『光の戦士』の力で町ごと転移させて保護していた。

今頃は元の場所に、元どおりの町が復活しているはずだ」

「そうですか」

 エブリットが目を閉じて浮かべた笑顔は、これまで一度も見せたことがない、とても晴れやかで、清らかなものだった。

「これで私の旅は一つ終わりました。心から感謝します。

いったん故郷に戻りますが、それからまた旅に出ることにします」

「そうか。旅に出る新しい目的があるんだな」

 エブリットは、いつになく大きくうなずく。

「ええ。手に入れたい存在ができたのです。それは強大な力であり、真の強さでもあります。それを何としても手に入れたい」

「げ、まだそんなこと言ってるのか? 無理して力を求めるのは、この旅でさんざん懲りたんじゃないのかよ?」

 呆れ顔のジョーに、エブリットは微笑んで近寄る。そして互いの息がかかるほどの近くで、ジョーの目をまっすぐ覗き込んだ。

「そのつもりでしたが、どうしてもそうしたいのです。クローディアさんには悪いと思いますが、私はどうしてもあなたを手に入れたくなりました」

 ジョーが、ぎょっとして後ずさる。

「お、おいちょっと待て。俺にそんな趣味はねえぞ」

 エブリットは、くすりと笑った。その笑みは妙に艶っぽい。

「ではお訊きしますが、私が一度でも男だと言ったことがありましたか? この私に、初めて惚れ込むということを教えてくれた殿方?」

 目が点になりそうな思いで、ジョーは改めてエブリットを見る。険の取れたエブリットの端正な顔は、不思議なほどに女性そのものだった。

 これで化粧でもしたらどうなるのだろうと、この鈍いジョーが不覚にも思ってしまったほどだ。

「ま、待たれよエブリット。今の発言は聞き捨てならぬぞ。こら、エドワード。何を笑っておる!」

 狼狽するクローディアの指摘どおり、エドワードは声を押し殺して笑っていた。

「テュエールが滅ぼしたとされていた町はリージというのですが、そこのエブリット・リージさんと言えば、長の聡明な一人娘として有名でしたからね。

お会いしたときに男性の服装だったので、私は驚いたものです」

「エドワード、おい!」

 クローディアとジョーが、絶妙の息の合い加減で同じ言葉を叫んだ。

 ジョーはこの流れを止めるため、慌てて他の仲間に話し掛けた。

「みんな、お疲れだったな。今の俺が言うと全然決まらないけど、みんないい顔になった。俺達はみんな、この戦いで成長できたな」

 うなずく者、一礼する者、そして失笑する者。反応はさまざまだったが、皆笑顔だった。みんなで大きな戦いを乗り切れたという喜びが、一同の間に満ちていた。

 そしてジョーは真顔に戻って、その視線をひとところで止めた。

「フォーラ。お前さんにかけた、人々の役に立つように言動を強制する呪いを解いた。もうその必要もないだろうからな」

 フォーラはジョーと目が合うと、以前と変わらぬ冷徹な口調で言った。

「まったく、とんでもない呪いをかけてくれたものだ」

 しかし彼は、そこでふっと表情を緩める。そして、こんなことを言った。

「おかげで、この先も戦い続けなければならなくなったではないか。

私に掛け値なしの好意を寄せてくださった方々に報いるために、もっと大きな敵と戦わなければならない。

責任をとって貴様とともに戦わせろ、ジョー」

 呪いが解けたため、言葉遣いこそ元に戻っているが、その心は、旅を通して仲間達が触れてきたものに相違ないようだった。

 ジョーは、そんなフォーラに告げた。

「言われなくてもそのつもりだ。お前さんも薄々気付いてる、とてつもない敵。そいつに完全勝利するまで、一緒に戦わせてやるからな」

 そしてジョーは、不意に神殿の入り口の側に振り向いた。

「だけどその前に、俺自身をもう一段成長させてくれ。少しばかり時間をもらうぞ」

 その時、その場の全員が同時に気付いた。ジョーの見つめる方向から、信じられないほどの存在感を持った何かが近づいて来ることに。

 ほどなくそれは、皆の注目を浴びながら姿を現した。

 しっかりした足取りで静かに歩いてやってきたその存在は、一人の銀髪の男だった。

 背はそこそこに高く、体格はなかなかによい。軽装の鎧を身につけ、背には巨大な両手剣を負っている。

 その男は、青い右目で周囲を一瞥してから、ジョーをまっすぐ見つめた。左目はずっと閉じている。外傷は見て取れないので、隻眼ではないようだが、不可解な仕草だ。

 この戦士に対して、ジョーは『光の戦士』の武具をまとった臨戦態勢のまま、口元を吊り上げて言った。

「やっと姿を見せたか、メイナード・シレスタ。いや、『世界』を司る『リベの六大神』の一柱、リベ・ガルフェン」