第9回

光風暦458年11月25日:見知らぬ再会

『さらに大きな敵? あり得ない。僕の知らない存在である万象神とやらの、さらに上位の存在だなんて』


 ジョーから「光の戦士」の存在を聞かされて、クローディアは一瞬耳を疑った。

「『光の戦士』といえば、はるか昔に存在したという、究極の戦士のことだな」

「うん」

「朝日の色に光る剣と鎧をまとい、神をも滅ぼす力を持つ戦士」

「うん」

「ひとたび戦場に降り立つだけで、あらゆる敵を焼き尽くし、死した味方ですらも蘇らせて癒すという」

「うん。詳しいね、クローディア」

 古の英雄譚として、クローディアも耳にしたことはある存在だ。しかしそのような荒唐無稽な力を持った存在が実在するとは、信じていなかった。

「私が伝え聞いたのは、サージアスという名の老戦士であった。栗色の髪の、たくましい老戦士。ジョーが会った人物は、そうであったか?」

「ううん。僕が会ったのは、エイルウィンという名前の金髪のお兄さんだったよ。

サージアスから力を受け継いで、ほとんどの時を眠りにつきながら、この力を役立てる時が来るのを待っているって言ってた」

 伝説では語られていない内容だ。クローディアはこれに興味をもった。

 その人物が本当に「光の戦士」であるかはともかく、会ってみる価値があると考えたのだ。

「ジョー、頼みがある。そのエイルウィンという人物に、私を引き合わせてほしいのだ。

神をも倒せる『光の戦士』の力について、ぜひその人物の話を聞きたいのだ」

 クローディアが自覚していた以上に、彼女は切実にジョーに懇願していた。

 ジョーはそれに驚いたが、一も二もなく答えた。

「う、うん、いいよ」

 自分の話を信じてくれたことが嬉しかったらしい。迫るクローディアに驚いてのけぞり加減であったが、その顔には喜びの色があった。


 翌日ジョーは、クローディアと警護の騎士とともに、ゼプタンツの西隣にあるハイ・ダリス王国に来ていた。

 この時からはるか未来に、ランス達がアルゴス王のもとを訪ねた国と同じだ。

 しかしジョー達が目指すのは、王城ではない。この国土の大半を占める、峻険なダリス山脈に分け入ろうとしているのだ。

「ここから山に登るよ。エイルウィンは、このずっと先にある洞窟にいるんだ」

 ジョーのその言葉を契機に、一行は城から持ち出した登山用の装備品を確かめ、南にそびえる山々を見やる。ここから先には街道はない。集落がないからだ。

 ダリス山脈を越えると、クローディアが造られた、いや正確には数年後に造られることになるアウドナルス帝国があるが、ハイ・ダリス王国を含むフォルテンガイム連合王国には同国との国交がないので、山脈を越える道も設定されていない。

「険しい道のりになりそうだな。しかしジョーは、なぜこのようなところに来たのだ?」

 素直な疑問を口にするクローディアに、ジョーは答えた。

「以前、賊に誘拐されたことがあったんだ。その賊の根城がこの先にあってね。その時助けてくれたのがエイルウィンだったんだ。

父上達は、エイルウィンがただの戦士だって思ってるけどね」

「そうだったのか。しかし酷な質問であったな、申し訳ない。

それに、そのような記憶のある場所にそなたを来させてしまって」

 申し訳なさそうに頭を下げるクローディアを、ジョーは笑顔でとどめた。

「気にしないで。僕にしても、久しぶりにエイルウィンに会えることが嬉しいんだ。さあ、行こうよ」

 そしてジョー達は、ゆっくりと山へ分け入った。

 半時間ほど進んだ頃、少し開けた場所に出た。休憩するにはうってつけの場所だ。

 おのずと、一行の気が緩んだ。

「少し休んでいこうか、クローディア」

「そうだな。一息入れて、それから進むとしよう」

 荷物を下ろし、眼下の景色を見渡す。既にずいぶん登ってきたことが分かる。それまで進んできた山腹の街道が、はるか下で細くうねっている。

 心なしか空気も薄い気がする。この一帯の過酷な環境が、おのずと理解できる。

 そして、クローディアがこれからの道のりを想像していた時、警護の騎士が警告を発した。

「何か来ます!」

 山賊かと思ったが、そうではない。ほどなく、姿も見えないのに、卒倒しそうなほどの圧迫感が立ちこめてきた。

 クローディアは、これが「光の戦士」エイルウィンの気配なのかとも思ったが、すぐにそうではないと悟った。

 この気配には覚えがあったからだ。

「テュエール」

「えっ」

 絞り出すようにつぶやいたクローディアの声に、ジョーが反応する。しかし彼には、その名に覚えはない。

「誰なの、それは? いったいどんな奴なの?」

 しかし正体を知らなくても、否応なくこの気配に恐怖を感じている。

 クローディアは、蒼白になりながら、こう言った。

「この世界の敵」

 そして、ウェインとの戦いの後のように、眼前の空間が歪み、そこからにじみ出るように銀髪の華奢な少年が現れた。

 あの時と寸分も違わない姿。間違いない。異世界神イヴァクス・テュエールだった。


 クローディアは、ジョーをかばってテュエールの前に立つ。

「テュエール。私を追ってきたのか」

 その言葉に、テュエールは小首をかしげる。

「何のこと? それに君は誰? 僕の名を知っているなんて、何者なんだい?」

 クローディアは理解した。このテュエールは、未来から自分を追ってきたテュエールではない。この時代に既に、侵攻のためにこの世界へ来ていたテュエールなのだ。だが、それが分かったところで、決して危機が去ったわけではないのだが。

「突然、巨大な魔力を持った存在がこの世界に出現した。

それがここに移動してきたと分かって、それが何者なのかを確かめにきたんだけど、どうやらそれが君みたいだね」

 テュエールは興味深そうに、クローディアの頭から爪先までを一瞥した。そして会心の笑みを見せる。

「これは面白い。君は神なんだね。でも、この世界の神でもないし、僕達の仲間でもない」

 これには、ジョーが驚く。

「クローディアが神?」

「説明は後だ。逃げよ、ジョー」

 切迫した声で、クローディアはジョーに逃走を促した。

 テュエールはそれを意に介さず、クローディアに言った。

「面白い。僕は君を連れて行く。そして君が何者かを知ったうえで、僕の手先となって働いてもらうよ」