第3回

光風暦471年6月11日:反撃への一歩

『何を言い出すかと思えば、ずいぶんな大口だ。君が作った物語なら、うまいもんだね』


 クローディアがテュエールに捕らわれた後、ランス達はレグナサウト王国の首都、アリエスタNCLを目指していた。

 王国の「西方の衛士」エドワード・リズモアが、ランス達を国王に引き合わせることを望んだからだ。

 ランス達一行は、唐突にずいぶんな大所帯になっていた。

 テュエールのもとから逃れてきたランス、エブリット、エリシアに加え、エドワード、そして彼と同じ「四面の衛士」の一人、「東方の衛士」イングリット・ウルム。

 イングリットに引き回されてジョーを追っていた悪魔、ディクセンとユーノ。彼らと腐れ縁になってしまったテュエールの配下、イヴァクセン・フォーラ。そしてディクセン達と別行動をとりつつジョーを追っていた戦士、ダンとナイ。

 このような顔ぶれにより、総勢は10人。「大災害」において人口が激減したこの世界においては、一個小隊に相当する規模の一団となっている。その規模が、テュエールにクローディアをさらわれてもなお、彼らの励みとなっていることも事実である。

「ところでエドワードさんよ、国王陛下ってのは、どんな人なんだい?」

 例によって、唐突に口火を切るのは、元気者のディクセンだ。

「マリアニータ・グラッドストーン3世陛下。とても聡明な主君ですよ。お会いいただければ、ディクセンさんもきっと陛下のことを好きになるはずです」

 穏やかで好意的な声が、エドワードから返ってきた。

「マリアニータ……女王陛下ってわけか。にしても、好きになるってのは、どういうことだ? 俺は女に興味はないんだが」

「もちろん、そういう意味ではありませんよ。とにかく、楽しみにしていてください」

 一行は、ハーリバーンの町にたどり着くと、その郊外にある建物を目指した。エドワード曰く、そこに首都近郊への転送門があるのだという。

 その建物は、とりたてて華美でもない石造りの建物だった。大きな物を送るためか、大きさだけはそこそこあったが、それ以外にとくに目を引くものではなかった。

「初めて見るけど、ずいぶん質素な建物ね」

 とユーノが言うと、にこやかにイングリットが解説した。

「建物に国のおかねをたくさんつぎこんでも、暮らしがゆたかになるわけじゃないですからね」

「それも道理ね。ま、護衛の兵士はそれなりにいるし、安全上も問題なさそうだから、これでいいのかもね」

「そういうことです」

 護衛の兵士は、二人の「四面の衛士」の姿を目に止めると、最敬礼して一行を中へ案内した。

 建物の中は、がらんどうの広間が一つあるだけだった。今は床に円形の魔法陣が書かれているだけだが、ここに転送門が作り出されるようだ。

 エドワードが首都へ行く旨を伝えただけで、手早く転送の準備が開始された。

「手際がいいな。訓練されたいい兵士達だ」

「私達も見習わなければ。素早い状況判断と対処は、戦ううえでも必須ですからね」

「違いない」

 ダンとナイが、感嘆の言葉を口にする。

 そうしている間にも床の魔法陣が青白い光を帯び始め、やがてそこから緩やかに、同色の光の柱が立ちのぼってきた。

「軍団長、準備完了しました。転送可能です」

 ここを管轄する西部防衛軍の長であるエドワードに、兵士が手短に報告する。

「ありがとう。手早い対処に感謝する」

 エドワードはそう言って兵士達に敬礼すると、一同を光の柱の中へと導く。

 おっかなびっくり足を踏み入れる一行は、何の音も衝撃もなくその場から消え、次々と遠く首都の近郊へと転送されていった。


 そして一行は、ハーリバーンにあったものと同じ形の建物を後にし、半時間ほど歩いて首都アリエスタNCLに立ち入った。

「なるほど、防衛上の理由から、首都自体には転送門を置いていないのですね」

 フォーラがそう言って感心している。

「内戦や外国との戦争の危険性は低い国ですが、今のように様々な敵の襲撃を受けている現状では、ここへの設置には先見の明があったと言うべきでしょうね」

 そう言ったのはエリシアだ。一行のなかでただ一人、フォーラの正体に気付いている彼女の言葉には、どこか刺があった。

「フォーラ。あなたも、この世界のために戦ってくれるのですか?」

 他の者に聞こえないよう、小声で尋ねるエリシアに、フォーラは答えた。

「少なくとも、あなた達と利害が食い違わないことは確かです。私を易々と打ち負かしたジョー様が、このまま終わるとは思いたくないですしね。私はジョー様の側に立って、この戦いの行方を見ていきたい。これは私の誇りにかけた問題なのです」

 エリシアは、その言葉にいささか面食らったが、嘘はないと悟り、小さくうなずくにとどめた。

 本心と異なる言動を強制されていたフォーラだったが、このところは思いのままの言葉が出せるようになってきたようだ。

 それはすなわち、彼の心境が変わりつつあることを表していた。

 この世界に害をもたらそうとする気持ちは、決して口から出ず、真逆の言葉に変えられてしまう。ジョーは何らかの手段で、フォーラにそう強制している。その強制が力を発揮しないということは、彼の本心自体から害意が薄まってきていることに相違ないのだ。

 そしてそう仕向けているのは、ジョーの意向だけではない。この一行との触れ合いが、彼に意識させることなく、徐々にそうさせているのだった。

 エリシアはそれを悟り、心の中でつぶやいた。心からの敬意を込めて微笑みながら。

「(ジョー様。あなた様は、フォーラがこのように変わっていくこともお見越しになって、彼を私達に引き合わされたのですね。

私達が出会ったのは、決して偶然ではありません。すべてはあなた様のお取りはからいなのだと、今なら分かります)」

 王城に着いた一行は、ここでも兵士達の迅速な動きによって、ほどなく小さな会議室へ通され、香りのよい紅茶が振る舞われた。

「謁見の間ではないのですね」

 意外そうにエブリットが言うと、エドワードがこう説明した。

「威厳を示す必要もないと、陛下がお考えになったのです。互いに顔を突き合わせて、出せるだけの知恵を出し合いたいというご意向ゆえです」

「合理的なお考えです。陛下がそうした方なのは、国民として嬉しいことです」

 我が事として喜ぶエブリットを見て、ランスも笑顔を見せる。

「マリアニータ陛下とは以前に話させていただいたことがあるけど、昔からそういう方だよ。今も変わっていないようで、安心した」

 そこまで言ったとき、部屋の扉がゆっくり三度、叩かれた。

 一同の視線が、いっせいに扉に注がれる。

 そして扉がゆっくり開くと、女王マリアニータが姿を現した。

 供も付けずに一人で現れた女王は、初見となるすべての者の予想より、はるかに若かった。いや、幼かったと言うべきかもしれない。

 長い金髪を揺らしながら、小柄なマリアニータは、気取った動きをとることもなく、豪華な衣装で自らを着飾ることもなく、きびきびとした動きで一同の正面に来ると、しっかり頭を下げて一礼した。

「初めてお目にかかる方も、お久しぶりの方も、ようこそお越しくださいました。私はこの国の王、マリアニータ・グラッドストーンです。

そしてエドワード、イングリット、お帰りなさい。

さっそくですが、詳しいお話を聞かせてください。私達ででき得る限りの対策を講じましょう」