第4回
光風暦471年6月1日:二人の会話
一同は話し込んで、気が付けばすっかり日が暮れていた。
ジョー達は旅の間の出来事を、ソーン達は町の暮らしを、それぞれ和やかに語り合っていたのだが、いつの間にか時が過ぎていたのだ。
「すまない、すっかり長居してしまって」
ジョーが詫びると、ソーンもすまなさそうに頭を下げた。
「こちらこそ申し訳ありません。旅の途中なのに、ここで足止めしてしまって」
「いやいや、そのことは心配いらないって。じっくり進んでいけばいいんだ。
今夜は宿でもう一泊して、明日挨拶に寄ってから出発するさ。な?」
ジョーがランスとクローディアに問いかけると、二人とも笑顔でうなずいた。
「では、おじゃました。今宵は、私達はこれで」
クローディアが一礼してそう言うと、ジョーが彼女を手招きした。
「どうしたのだ、ジョー」
「行こうぜクローディア。俺達二人で、先に宿に戻ってようぜ」
そう言いながら、にやにやとジョーは微笑んでいる。
「え、ランスは?」
「野暮なことは言いっこなしだぜ。さ、行くぜ」
何が何やら分からないという面持ちのクローディアを連れて、ジョーはソーン達に会釈して、さっさと立ち去ってしまった。
結果、後にはソーンとユリ、そしてランスが残された。
三人ともしばらく面食らっていたが、やがてソーンが一足早く状況を飲み込み、残る二人に告げた。
「ランスさん、ユリを家まで送ってやっていただけないでしょうか。
平和な町とはいえ、ときどき魔物も出ますので。
ランスさんの護衛があれば、ユリも心強いことでしょう」
ランスとユリは、ジョーが二人に気を回したことをようやく理解した。そしてそれゆえに、おたおたと慌てふためいた。
「え、そ、そんな先生。ランスさんもお疲れなのに、迷惑ですよ」
「おや、そうでしょうか、ランスさん?」
「え? い、いえ、そのようなことは決して」
「ほら見なさい。ではユリ、ランスさんにしっかり守っていただくのですよ。
ランスさん、どうかよろしくお願いいたします」
こうして二人は、ジョーとソーンによって、体よく二人きりで送り出されたのだった。
最初はランスもユリも、何を話したものか分からず、ぎこちなかった。
しかし徐々に交わす言葉が増えてきた。
それは他愛もないものだったが、二人とも味わったことのない幸せを感じていた。
そんななか、ユリがこんなことを口にした。
「私、ランスさんが羨ましいです。
あちこち、冒険の旅をして回っているんですよね。憧れます、すごく」
「え、憧れるって、本当に?」
驚いてユリを見たランスは、彼女の尊敬の眼差しを目の当たりにした。
「はい。こうした町の暮らしも好きなんですけど、外の世界も見てみたいんです。
この広い世界を旅してみたいんです。
そして……」
「そして?」
一呼吸おいて、ユリは照れくさそうに答えた。
「英雄になりたいんです。
おかしな話でしょう、こんな凡人がこんなこと考えるなんて」
力の限り、ランスはそれを否定する。
「そんなことないよ! 僕だって英雄になりたいと思ってる。
誰だって、その気があればきっとなれるよ。ユリも、僕も、きっとね」
ユリは、幸せそうにうなずいた。
「ありがとうございます。ランスさんにそう言っていただけたら嬉しいです、すごく。
恥ずかしいけど私、そうなりたいって、すごく強く思ってるみたいなんです。
よく、夢にまで見るんです」
「夢?」
ユリは、ますます恥ずかしそうにうつむいた。
「はい。
夢の中では、私、とっても強い英雄なんです。
あり得ないような動きで、剣を振るって魔物を倒していくんです。
そしてみんなの尊敬を一身に集めて。
そんな夢を何度も何度も見るんです。おかしいでしょう?」
そう言いながらも彼女は、胸の内を話せてとても嬉しそうだった。
その頃宿では、クローディアがジョーと話していた。
ジョーとランスの寝室で、クローディアがベッドに腰掛けて、そしてジョーは月明かりを背に窓際に腰掛けて、程よい距離で向き合っていた。
ようやくランスを残した意図を理解するに至ったクローディアが、こう切り出した。
「ランスは、今頃うまくやっているだろうか」
「さあな。
あいつ、俺には早く恋人作れとかうるさいくせに、自分のことはからっきしだからな。
まあ、今頃ぎくしゃくしながら話しているだろうさ」
ご明察である。
そんなジョーを見てクローディアは笑ったが、やがて真顔に戻った。そしてこう切り出した。
「ジョー。教えてもらいたいことがあるのだが」
「何だ? 俺にものを尋ねるとは珍しいな」
クローディアは、呼吸を整えてから言った。
「ジョーは、誰かを好きになるという気持ちが理解できるか?」
彼女は自虐めいた微笑を浮かべ、続けた。
「私は恥ずかしながら、それがどういうものなのかを知らない。
人造魔神ゆえ、そうした感情を具えずに造られたようなのだ。
『西方の聖者』と言えど、正体はこの程度。滑稽な話だろう?」
ジョーは、彼女の話を聞き終えてから、ゆっくり答えを切り出した。
その声は、クローディアが予期しなかった優しさや落ち着きをたたえていた。
「そんなことはない。
俺も人を好きになったことはないし、その気持ちがどんなものかは分からない」
クローディアは目を丸くする。
「そうなのか?」
「おう。人を好きになる気持ちは分からない。
でもな、人を守りたいって気持ちはあるんだぜ。
クローディアだってそうだろう?」
これにはクローディアも、自信を持ってうなずいた。
「だろ? じゃあそれで十分だって。
少なくとも俺は、クローディアは『西方の聖者』の名にふさわしいと思ってるぜ」
最後の一言が、彼女にはどんな言葉より効いたようだ。
彼女は立ち上がると、深々とジョーに頭を下げた。
「ありがとう、ジョー」
「よせやい、それこそクローディアらしくないぜ。
自信をもって、いつもどおりに俺様のことをこき下ろしてたらいいんだよ。な?」
「し、失敬な。私が日頃から、ジョーをこき下ろしていると言うのか?」
「おうよ。自覚がないとは、とんだ聖者様だぜ」
「だ、黙るがよい!」
すっかり普段の調子に戻ったクローディアは、失笑しながらジョーを怒鳴り散らした。
「へへっ、それでこそだぜ」
そう言って白い歯を見せるジョーの顔が、月明かりにほのかに照らし出されている。
クローディアの目には、その顔立ちが、いつになく精悍に映った。
そして、そんな彼を知らずに見入った自分の頬がほんのり紅潮していることに、彼女は気付いていなかった。もちろんジョーも。