第3回
光風暦471年6月1日:医師ソーン
エブリットに「期待して行かれるとよいでしょう」と言われると、素直に期待できない三人であった。
ランスもクローディアも、言葉にこそしないものの、露骨に怪訝そうな顔をしている。
そして二人は、のんびり立っている巨漢のジョーを見上げたが、彼も肩をすくめて苦笑するのみだった。
そして三人は、やや重くなった足取りで町外れの医院にたどり着くと、おっかなびっくりその戸を叩いた。
「どうぞ、お入りください」
中から響いてきた声は、予想よりずっと穏やかで、優しい雰囲気のものだった。
ランスやクローディアが安堵したのが、彼らの顔色から分かった。
ゆっくり戸を開いて三人が中に入ると、木作りの素朴な机の向こうに、白衣をまとった細身の男性が座っていた。
年齢は40台半ばと思われる、紳士然とした男性だ。
黒くて短い髪を後ろに流し、うっすらと口髭を蓄えている。切れ長の茶色い眼をしていて、その眼差しはあくまで優しい。
話しやすそうな人だという印象を、すぐに三人は抱いた。
医師ソーンは、三人の様子を見て意外そうな顔をした。
「先程も突然のご来客がありましたが、皆様も具合が悪いわけではなさそうですね」
これには、ジョーが名乗りつつ答えた。
「お仕事中に申し訳ない。実は、お伺いしたいことが」
ソーンは微笑んで、こう言った。
「いえ、ご来客はいつでも歓迎しますよ。お気に病まれず。
して、私でお役に立てるでしょうか」
一礼してジョーは、本題を切り出した。
「実は、こちらを訪ねたメイナードという戦士の消息を追っていて、何かご存じのことがあれば教えていただきたいのだが」
ソーンは即答した。
「ええ。メイナードさんなら、確かにここに立ち寄られました。
しばらく話して、すぐにここを発たれましたが」
しばらく前のことに関する咄嗟の質問への、即座の対応。頭が切れる人物だと伺えた。
そのことをありがたいと思ったらしく、ジョーはさらにこう質問した。
「情報かたじけない。
ところでメイナードは、何を求めてこちらを訪ねたのか、その時の会話から推測できないだろうか」
ソーンは、にこやかに答えた。
「メイナードさんは、私の医術について、いくつか質問をなさいました。
たとえば、そうですね……。
『あなたの医術は、死者をも蘇らせるという噂を聞いたが、それは本当か』
とおっしゃいましたね」
死者をも蘇らせる。誉め言葉にしても突飛過ぎる表現だ。
三人の顔にも驚きの色が浮かぶ。
今度はクローディアが、恐る恐る開口した。
「それに対するあなたの答えは、いかなるものだったのか?」
ソーンは、真顔でしばしクローディアを見つめる。
三人がその沈黙の時間に違和感を感じかけた時、ソーンはにっこり微笑んで、こう告げた。
「答えはいいえ、ですよ。
たかが人の身で、そんなことができるはずがありましょうか」
拍子抜けした三人に、ソーンはさらにこう言った。
「そうお答えしましたら、メイナードさんは『そうか』とだけおっしゃり、そのままここを発たれました。
首都を目指すとおっしゃっていましたよ」
「なるほど。それだけ分かれば十分だ、ありがとう」
落ち着きを取り戻したジョーがそう言うと、ソーンは再び微笑み、席を立った。
「御三方、お茶をおいれしますので、しばらくおくつろぎください。
こうしてお話ができたのも一つの縁。メイナードさんのように、すぐに発たれることもないでしょう」
その言葉に甘え、三人はもう少しだけ厄介になることにした。
ソーンが奥の厨房に姿を消して、少しの時が流れた。
彼の戻りを待つ三人は、しばし黙して座っていたが、やがてそれぞれが何かを言おうと身を乗り出した。
ちょうどその時、戸を叩く音がして、厨房側ではなく玄関の扉が開いた。
「先生、ただいま戻りました。もうすぐお食事にしますね!」
三人が振り向くと同時に、聞き覚えのある少女の声が響く。
その声の主は、町に入ったときに出会った少女だった。
互いに目が合うと、全員が驚いて目を見開いた。唐突な再会である。
「え、あなた方は、あの時の」
少女は、うろたえ気味に視線を泳がせる。そして、ランスと目を合わせた。
その瞬間、二人とも顔を真っ赤にしてうつむいた。
ランスが少女の肩を抱いて支えたことを、二人とも思い出したのだ。
その様子に、ジョーもクローディアも口を挟めずにいるところへ、ソーンがお茶を入れて戻ってきた。
「いつもすまないね、ユリ。
……おや、皆様はユリとお知り合いだったのですか?」
「は、はい。先生」
「え、ええまあ……少しご挨拶しただけなんですけどね」
ソーンに対して、ユリとランスが口々に答える、少なからずうろたえながら。
その様子を楽しそうに眺めながら、ソーンは皆にお茶を勧める。
「ユリもかけなさい。ちょうどお茶にしようとしていたのです。みんなでゆっくり話しましょう」
そして一同は、和やかに、そしてどこかぎこちなく語り合った。