第3回

光風暦471年5月19日:神のみもと

 そして翌朝。

 澄み渡った初夏の空を仰ぎながら、三人は宿を出て、神殿を目指す。

 三人が泊まった宿は、町の西の入り口近く。対する神殿は、町の中心を基準にしてほぼ点対象の場所にあたる、東の入り口近くにあるそうだ。

 もっとも、イルバランの町はあまり大きくないので、半時間ほどもあれば十分にたどり着ける。加えて道筋も単純だ。

 城下町の場合は、外敵からの防衛のため、複雑に入り組んだ路地で埋め尽くされ、移動がしにくい例も多い。しかしこのイルバランでは、街路は町の中心から放射状に伸びてそれを環状路がつないでいるという、分かりやすい造りになっている。「ここは商業都市だから、防衛より物流のしやすさを優先して造られたらしいね」と、ランスが予備知識を語った。

 そして三人は、事実すんなりと町の中心にたどり着いた。

「お、結構人が多いな」

「うむ。昨日も感じたが、この町は活気にあふれている。とても居心地がよい」

 町の中心にゆったりと確保された広場の周辺には、商店が軒を並べ、盛んに取引がなされている。町の喧騒が、心地よい響きとなって三人の耳に届く。

 そんななか、賑やかな光景を見回していたランスが、ふと視線を止める。

「何だろう、あれ。舞台かな?」

 そう言いながら彼が指差したものは、広場の中心にどっしり構えた、大きな壇だった。

 石造りで、高さは大人の腰ほど。彼の言うように、舞台として使えるほどの広さがある。

 ジョーもクローディアも、これに関する知識はなかった。

 そこですかさず、ジョーが通りすがりの人に尋ねる。

「なあ、あの台はいったい何なんだい? 俺達、よそから来たところでよく分かんなくて」

「そうか、よそから来たんだね。いい時に来なさった。

あれは武道大会に使う舞台なんだ。

この町では年に一度、神様への奉納試合をやるんだよ。あれがその舞台になるんだが、8日後がその試合の日なんだ」

 口ひげをたくわえた、恰幅がよくて人のよさそうな通行人は、その見かけどおり快く答えてくれた。彼は、まじまじと舞台を見つめるジョー達に、不意に言った。

「なんだったら、あんた達も試合に出てみたらどうだい?

二人はいい武器も持っているようだし、残りの兄さんはいい体をしてるじゃないか。

いい線いくと思うけど、どうだい」

 ランスは大剣を背負い、頑丈な板金鎧を着けている。クローディアは、立派な防具こそないものの、腰には長剣を吊っている。二人とも、一目で腕がたつと分かる。丸腰のジョーは――まあ、大きいことは確かだが――ただの朴念仁にも見える。

「えっ」

「い、いや、私達はただの通りすがりの者ゆえ」

 と、ランスとクローディアはうろたえるが。

「出場枠に空きがあったら、参加するのも面白いかもな」

 と、一番心もとなさそうなジョーが笑って答えた。

「ジョー。悪いが、そなたでは無理だろう……」

 彼の言葉に面食らったクローディアが、呆れ顔でつぶやく。

 実はクローディアは、ジョーを気のいい怠け者としか思っていない。ジョーの普段の素行にすっかり騙されて、彼のもう一つの姿である黒い鎧の「運命の戦士」を、彼だと気付けずにいるのだ。

 もっともそのおかげで、クローディアは感情豊かに、そして屈託なくジョーに接することができているのだが、無論そのことにも彼女は気付いていない。他の人には決して口にしないような毒舌を、彼にだけは遠慮なく振るっていることにも。

「そっか? まあ、頑張りゃ何とかなるって」

「いや、そなたは頑張っていない……」

「うお、そいつはひどいぜ。俺様はいつでも努力の塊なのによ」

「昨日も、道中に昼寝をしようとしていたであろう、ジョー……」

 ランスは、通行人と顔を見合わせて笑っていた。


 そんなことを経て、三人は神殿にたどり着いた。

 この世界で広く崇拝されている「四大神(しだいしん)」をまつった神殿だ。

 建物は古く、そしてそれなりに大きかった。

 しかし、威圧的な雰囲気は感じられず、代わりに活気めいた明るさが感じられた。

 正面の大扉を開いて、中に入る。

 神殿の中は、通常は荘厳さを重んじて薄暗く保たれているものだが、この神殿は窓が大きく取られていて、とても明るい。

 そして、遠くからたくさんの人の声が聞こえてくる。普通は神殿内は静まりかえっているので、これもまた珍しい。

 入ったところは礼拝堂だが、今は誰もいない。神殿関係者は、奥の部屋に行っているようだ。

「誰かを呼んだほうがいいみたいだね」

「そうだな。んじゃ早速」

 そしてジョーが、よく通る声で奥へ呼びかけた。

「御免!」