第5回
光風暦471年5月11日:暗転
突然の一言に、一転して緊張がその場を支配する。
「なんだと、前よりも多いだって!?」
「くそ。どうしてこんなに、しつこく狙われるんだ!?」
先程までとは違う種類の騒乱のなか、人々はあくせくと走り回っている。
その様子を見ながら、ようやくジョーが食事の手を止める。
「まったくだぜ。奴ら、しつこい限りだ」
「うん……どうしたものかな」
そんな二人に、立ち上がったクローディアが、決まり切った口調で答える。
「また来たなら、また追い払うのみだ。
ただし今度は、もう少し手痛い仕打ちを加える必要があるが」
それを聞き届けた町の住人達が、やや落ち着きを取り戻す。
「クローディア様、またお助けくださるのですか?」
「お願いです。どうか私達を守ってください!」
救いを求める人々の声に、クローディアは優しい笑顔で応じる。
「任されよ。皆様には一切の危害を加えさせない」
その言葉に勇気づけられた人々から歓声があがる。
「それでは行ってくる」
手を挙げて歓声に応じたクローディアは、足早に町の外に向かう。
そしてジョーやランスも、前回のように彼女について歩いていった。
期待に満ちた人々の眼差しを背に受けながら。
「大丈夫なのかい、クローディア? 今度は前とは違うよ、きっと」
「ご心配かたじけない。しかし守る存在がある以上、私は敗れたりはしない」
その会話を聞いたジョーが、ぼそっと口を挟む。
「でもよ。魔物がいくらバカだからって、あんだけしつこいのには訳があるぜ。
奴らの目的は何だろうな」
それを聞いたクローディアの表情が、一瞬曇る。
「それは」
彼女は答えを続けようとしたが、それは、地を揺るがすような魔物の口上に遮られてしまった。
「貴様らか、魔法で我が手の者を撃退したというのは。
礼をしに来た」
口上を述べたのは、レッサー・デーモンという悪魔の一種。
人に近い姿のデビルと違い、こちらの姿は獣に近い。
一般的に、この世界で目撃されるデビルとデーモンとでは、デビルのほうが強力な場合が多いのだが、この個体は別格のようだ。
先のデビルのような荒ぶる様子も感じられず、それこそが彼より格上であることをほのめかしている。
「礼はいらぬ。この場より立ち去り、人々に危害を加えぬことこそが、我が望みである」
臆さず屈さず、クローディアは答える。
デーモンは、表情一つ変えず、それに応じる。
「貴様が降伏して我らに身柄を委ねるならば、その望み、聞き届けよう」
「断る」
クローディアは即座に答えた。心なしかその表情は堅く、そして暗い。
そうした彼女の横顔を、ジョーは腕組みをしながら見つめていた。
そして。
三人の背後から、町の人々が成り行きをじっと見守っていた。
先の鮮やかな腕前を見て、クローディアを信頼しきっているのだろうか。かなり近くまで寄ってきて、固唾をのんで様子をみている。
デーモンは彼女達を一瞥しつつ、淡々と告げる。
「では、攻撃を開始する」
「させぬ! Dauza! Eht-Ann!」
手下に号令をかけるデーモン。
同時に、すかさず呪文を唱え始めるクローディア。
鬨の声をあげて迫る魔物が、彼我の距離を詰め切るのが先か。
それとも、クローディアの呪文が完成するのが先か。
「ミナゴロシダアッ!」
「Cesta! Rauza-mehnu-stol-bau!」
クローディアを守るべく、ランスが剣を構えて彼女の前に躍り出る。
ジョーも町の人々を守ろうとしてか、緩やかに闘いの構えをとっている。
そして。
「Super Blast!」
僅差で機先を制したのは、今回もクローディアの呪文だった。
赤い光が魔物達の目前の空中に生じ、それが弾けるように周囲を染め上げた。
耳をつんざく轟音と、信じられないような勢いの爆風が襲いかかる。
爆風は魔物を焼き飛ばし、後ろに控えたデーモンにも致命的な打撃を与えた。
その手際を見て、思わずランスがつぶやく。
「すごい。今度は精霊魔術だ」
セイントと呼ばれる者がいる。自然界にあまねく存在する精霊の力、そして神の奇跡の力、その両方を駆使できる高位の術者だ。
クローディアは、そのセイントであるらしい。セイントとは「聖者」の意であり、「西方の聖者」の称号を持つ彼女にはふさわしい階位といえる。
彼女が今唱えたのは、風の精霊ジンの力を操る、風系(かぜけい)精霊魔術。その中にある、爆発系の呪文の一つだ。
一撃で、魔物達は壊滅的な打撃を受けた。
既に形勢は決し、危険は去った。
かのように見えたのだが。
「うわああああっ!」
突然、背後の町の人々の中から叫び声があがった。
弾かれたように振り向くクローディア達。
彼女達が見たものは、全身に傷や火傷を負って息絶えた一人の女性と、彼女を抱きかかえて叫ぶ負傷した男性だった。
「パメラ! おいパメラ! 頼む、返事をしてくれ!」
今の壮絶な爆風の巻き添えにあった住人がいたのだ。
クローディアの血色が、みるみる失われていくのが分かる。
彼女は慌てて彼らに駆け寄ろうとするが、住人達の視線に気付いて、すくんだように足を止めた。
住人達は凍り付いたように立ちつくしていた。
ほんの数瞬前まであったクローディアへの信頼も、消え失せていた。
そして代わりに、命の恩人に対して湧き起こる底知れぬ恐怖だけが彼らをとらえていた。
「そんな、馬鹿な。
私は、私は」
蒼白になったクローディアは、うめくようにつぶやいた。