導入編
光風暦465年11月20日:国王ジョーの回想
いまだに、あの日のことを思い出す。
ボルティスザーン。
この国ゼプタンツにあった町の名。今はもうない町の名。
一瞬とも言えるほどの短い刹那に、その町は滅ぼされた。
あの日、やけに夕日が綺麗だったことを覚えている。
でも、それを綺麗だと話せる相手もなく。
ただ冷たい風だけが吹いていた。
町が襲撃されているという話が城に届いて、俺は剣を手に急いだ。
だけど、たどり着いた時には、もう全てが遅かった。
そこで俺が見たものは、完膚無きまでに破壊し尽くされた町並みと、屍の山。
ほんの少し前までは元気に生きていたはずの、同じ国の仲間達。
心が痛んだなどというものじゃなかった。みんな、俺と同じ国に生きた者。俺にとってかけがえのない仲間達だったのだから。
目の前が真っ暗になりそうな、そんな酸鼻を極める光景の中で、俺は一人の男に出会った。
無造作に長剣を腰に吊った、銀色の髪の男。隻眼なのだろうか、左目を閉じながら、俺をじっと見つめていた。
怒りに我を忘れて剣を抜いて斬りかかろうとした俺に、奴は身じろぎもせずに言葉をかけた。
その一言は、今もはっきりと思い出せる。
「ここの者達は外国と手を結んで、密かに奴隷を売買していた。非道の限りを尽くして。お前はそれを知っていたか」
その後のことは、よく覚えていない。
真っ白になった頭がかろうじて記憶しているのは、メイナード・シレスタという奴の名。
そして、いくばくかの俺自身の思考。それだけだった。
いったい、何が正しいことなんだろう。正しいのは誰なんだろう。
やり場のない怒りを吐き出すこともできずに、俺は考えた。
俺はいったい、どうあるべきだったんだろうか。
奴隷売買をしていた国民を、あらゆる手を尽くして守るべきだったのか。
それとも奴隷売買をしていたことを早くに見抜いて、それをやめさせるように導くべきだったのか。
でもそのどちらも、俺にはできなかった。
強くなりたいと思った。
もう二度とこんなことを起こさないように、強くなりたいと。
だけど。
強さとは、いったい何だろうか。
偉そうに腕組みなんかして、呆れるほど考えてみたけど、結局今日も答えは出なかった。
まあいいさ。そのうちきっと、その答えは掴めるだろう。
掴んでみせるさ、絶対に。
光風暦471年1月15日:王者の会談
フォルテンガイム連合王国の首都、フェルバラード。
七つの王国が造る、世界有数の強国の首都だ。
その地の中心に座する白く壮大な王城の一室で、七王国の王が二人、顔を合わせていた。
一人は漆黒の長髪に茶色い目の男。齢は二十代の半ば。
均整のとれた、引き締まった筋肉質の体躯の持ち主だ。上背も高く、このまま彫像にしたとしても見栄えすることだろう。その双眸に曇りはなく、眼前の相手に対して害意がないことは一目で分かる。
「久しぶりだな、ジョー。心配はしていなかったが、元気にしていたか?」
彼の名はバートラム・アイトス。七王国のひとつ、このフェルバラードを擁するフェルバラード王国の王であり、フォルテンガイム連合王国自体の王でもある。
数々の称号を持つ英雄王で、かつて「運命の戦士達(フェイタル・ウォーリアーズ)」と称される多くの仲間とともに世界の危機を救った戦士でもある。
もう一人は、金色の短い髪に青い目の男。年はバートラムよりわずかに下だろうか。
バートラムをさらに上回る長身、そして、こちらも見る者の目を奪うほどの精悍な顔立ちだ。
「まあな。お前こそ、相も変わらず元気そうで、何よりだぜ」
彼の名はジョー。セイリーズ・ジョージフ・ドルトン。七王国の一つ、ゼプタンツ王国の王だ。バートラムとともに世界を救った英雄の一人でもある。
王達が発した挨拶は互いにずいぶんな代物だったが、双方ともまるで意に介していない。二人の関係を表すのに最適な言葉は、盟友や親友といった美しいものではなく、どうやら悪友であるようだ。
二人はしばし近況などを語り合い、やがて本題へと入る。
「ところでジョー。用というのは、いったい何だ?」
「ああ。実は、しばらく旅に出ようと思ってな」
「旅に?」
バートラムは目を丸くする。
王たる者が国を空けることがどれほど難しいかは、想像に難くない。
しかしバートラムは、ジョーが世迷い言を並べたと思っているようではなかった。
結果、彼の口から出た返答はこうだった。
「そうか。では、私は何をすればいい?」
ジョーは、苦笑混じりに、ふっと相好を崩す。
「相変わらず話が早いというか。まあ、助かるけどな」
「伊達に腐れ縁を続けているわけではないからな」
ジョーには何か、国を空けてまで果たしたい大切な用があるのだろう。
かつ、国を省みない無責任な旅にしたくないから、こうして相談に来たのだ。
バートラムはそれを悟っているからこそ、詮索も諫めもせずに問いかけた。
言葉にせずとも、互いに心が伝わる。
口は悪いが、二人の王は心から信用し合い、信頼し合っているようだ。
「ハハハ。だからこそお前を訪ねて来たんだけどな。悪く思うなよ」
「まったく、とことん相変わらずだな。それで、話をもとに戻すとだ」
「ああ。少しばかり、教えてほしいことがある。
まずは、旅に出るために使っておきたい技を。
それから、使うことはないと思うし使う気もないけど、お前の『あの』剣技を」
それから数か月を経て、ジョーは旅へと出発した。