第14回

光風暦471年6月3日:英雄への一歩

 二人の「雷光の騎士」。超人的な肉体の力を具えた少女。そして人造魔神。

 そして彼らの注目を一身に集める、一人の「運命の戦士」。

 それはまるで、神の降臨を目の当たりにしたような光景だった。

 言葉を発する者もなく、時だけが静かに流れた。

 そこへ息せききって駆け付けた者があった。金髪の美丈夫、エブリットだった。

「皆様、ご無事で何よりです」

 いつものように慇懃に挨拶を述べるエブリットだが、今回はどこか余裕がない。

 彼は間髪いれず、一同に尋ねた。

「先程この辺りに、不穏な気配を感じました。

黒いフードの男に出会いませんでしたか」

 トワイライトのことだ。これには、ソーンが答えた。

「はい、出会いました。トワイライトと名乗る男のことですね」

「ええ、やはりそうでしたか。その後、彼はどうなりました?」

 食いつくように尋ねるエブリットには、普段は見せない激しい執着が感じられた。

 クローディアの力を求める様子などとは、度合いがまったく違う。

「彼は姿をくらましました。私の心の弱さや愚かさを嘲りながら」

「そうですか。残念です」

 目に見えて落胆するエブリット。そんな彼に、「運命の戦士」ジョーが言う。

「仇なのか」

「まあ、そんなところです。彼はその勢力の一員に過ぎませんがね」

 なるほどとうなずきつつ、ジョーはエブリットに伝えた。

「あの男に関しては、今後心配はいらないだろう。

もう二度と、悪事をはたらくことはない」

「なぜです?」

 あり得ないという顔をしたエブリットに、ジョーは言った。

「行方を見つけ出して、俺達人間を愚弄してくれたことに礼をしておいた」

 これにはソーン達も驚いた。今度はソーンがジョーに尋ねた。

「殺したのですか?」

「殺してはいない。いつ終わるとも知れない、死にも勝る苦しみを与えておいたが」

 一同はいったいどのようにしてという疑問を抱いたが、それが嘘や誇張ではないことは全員が確信していた。

 沈黙する一同にジョーは言った。

「落ち着いたら町の中心に来てほしい。

そこで全てにけりがつくはずだ」

 そして彼は、その言葉とともにその場で姿を消した。


 「運命の戦士」ジョーの言葉に従い、一同が不思議に思いながらもナハルの町の中心に向かうと、戦いの物音が聞こえてきた。

 武器が振るわれる音、人の叫び、そして魔物の叫び。

 魔物との戦いが起きていたのだ。

 一同は、その場へと駆け出す。エブリットも、興味がなさそうな顔をしつつ、しっかり一緒に走っている。

 町の中心に辿り着くと、そこでは住人が多くの魔物達と戦っていた。

 幸いあまり強力な魔物はいないようで、死者は出ていないが、傷を負った人はちらほら見かける。

「もう大丈夫です!」

 と言いながら、ひときわ素早くソーンが切り込み、驚くべき速さで魔物の全てを斬り倒した。

 「雷光の騎士」の面目躍如といったところか、その淀みのない動きは、見事というほかなかった。

「ソーン先生!」

 住人が、口々に歓喜の声を発して駆け寄る。

 状況については、宿の主人からこのように語られた。

「実は先程、うちのお客さんのジョーさんが、『魔物が襲ってくる』と知らせて回ってくれたんです。

みんなが武器を構えて備えをしたとき、このとおりのたくさんの魔物が襲ってきて、戦いになったんです。

知らせが早かったおかげで、怪我人はほとんど出ずにすんだのですが、ジョーさんが私達をかばって」

 主人が指差した先には、丸腰のジョーがうつ伏せに倒れていた。

「ジョー!」

 クローディアが血相を変えてジョーのもとへ駆け寄る。そしてジョーを抱え起こして様子をみると。

「よう。帰ってきたな」

 ジョーはけろっとしていた。確かに腹に傷は負っていて血も出ているが、まるでこたえている様子はない。

 住人達も唖然としている。

「また倒れたふりをしていたのだな、ジョー」

 クローディアにふつふつと怒りがこみあげているのが、周囲からも分かった。

 以前にもジョーは、エブリットの一撃を受けて、死んだふりをしていたことがある。それで「また」なのだ。

 彼の身を心配していた住人達も同じ気持ちを抱いているようで、ジョーを取り囲んで、じりじりと距離を詰めていく。

「心配して損したぜ。俺達に戦いを任せて、自分は楽をしてたんだな」

 とは、住人達の言葉。

「ジョー。お主、私達がどれだけ大変だったか分かっておるのか」

 とはクローディアの言葉。ジョーもここでようやく、周囲のただならぬ雰囲気を感じ取る。

「え、あ、いやその、とにかく結果よければ全てよしってことで」

「黙るがよい」

「何言ってやがる!」

 慌てて取り繕うジョーだが、即座にクローディアと住人の容赦ない応酬を受ける。

「ほらあれだ、これで町を襲う魔物もいなくなって、一件落着だろう?

よかったじゃないかよ」

「それとこれとは話が別だ! この野郎!」

「我らの怒り、思い知るがよいわ!」

 そして住人とクローディアが、ジョーに一斉に飛びかかる。それきり、ジョーの姿は見えなくなった。

「うわ、いたたやめろ! 勘弁しろ!」

「黙れ悪党! 魔物のついでに退治してやる!」

「私の実力を、今こそ思い知らせてくれようぞ、ジョー」

「やめてくれお前ら! うわ、『西方の聖者』のくせに、なんて乱暴を! いてっ、いてえって!」

 その様子を遠巻きに見ながら、エブリットは呆れかえっていた。

 ランスは苦笑しながら、彼の横でジョーの様子を見ている。

 そしてソーンは、ジョーに向かって深深と頭を下げた。

 ユリやエブリットが不思議そうにソーンを見つめると、彼は優しく言った。

「ジョーさんは、わざと魔物を町に呼び寄せたのでしょう。

私達が平穏に暮らせるように、取り計らってくれたのだと思います。

先程まさに彼が言っていたとおり、町を襲う魔物はいなくなったと町の人々が思うように。

そして、私達が魔物に関係していたという疑念を抱かれないように、仕向けてくれたのですよ」

 ユリはその言葉で得心がいったようで、やはりジョーに深く一礼した。

 しかし、エブリットは納得していない様子で一蹴する。

「まさか。あの男にそのような深慮などありませんよ!」

 そんなエブリットを見て、ソーンは笑った。

「本当にそう思うのなら、そこまでむきになっておっしゃることもありますまい」

 エブリットは憮然として沈黙したが、やがてこう言い残して姿を消した。

「あの男のことが、よく分からないのです。

大きな口を叩くだけで、大した力を持っている風でもない。そのような者に、私は価値を見出してはいません。

なのにあの男は、行く先々で、次々と私の予想を超える結果をもたらしています。

私の価値観を、あの男は鼻で笑いながら打ち砕いてしまうのではないか。私のしてきたことが、あの男の存在によって否定されてしまうのではないか。

うまく言えませんが、そう、不安なんですよ」

 ソーンは微笑み、空を見上げながら小さな声で言った。しかしそれは独り言で、姿を消したエブリットの耳に届くことはなかった。

「きっとそうなるでしょうね。あなたもあの方に変えられることでしょう。私のように」


 さんざん痛めつけられているジョーの悲鳴が響くなか、ランスはユリに言った。

「それじゃユリ、僕達はそろそろ行くね」

「はい、ランスさん」

 答えるユリは、とても爽やかだ。今回の体験が、彼女自身を一回り成長させたのは間違いない。

「ユリはここに残るよね」

「はい、しばらくは残ります。

本当はすぐにでもランスさん達に付いて行きたいんですけど、やらなくちゃいけないことがありますから。

医院を復旧させたり、みんなに旅に出る挨拶をしたり。

それが終わったら、急いで追いかけていきますね」

 ランスはユリの言葉に驚いたが、少し考えてから、嬉しそうににっこり笑った。

「うん。その時を待ってるね。

いつ終わるか分からない旅だけど、一緒に英雄を目指していこう」

 こてんぱんにされているジョーの叫びさえなければ、この上なく爽やかな恋人同士の一幕になったことであろう。

 しかし幸せの頂点にある二人には、もとより周りのことなど、目にも耳にも入ってはいなかった。

-完-