第10回
光風暦458年11月25日:未来を形作る瞬間
『その存在は、この世界を掌握する意思であり、この世界の全てでもある? それが僕達の敵だって?』
クローディアは激しく首を横に振り、叫ぶ。
「断る。そなたがこの世界で何をしようとしているのか、私は知っている。そのようなことに荷担などせぬ!」
テュエールは微笑んでいる。そしてその笑顔には残虐さがこもっていた。
「ずいぶん詳しいんだね。おかけで君の正体が分かったよ。
君は未来から来たんだね。神の力を使って、時を越えて。
そして、君の出自も想像がついた」
テュエールは、刺すような眼差しでクローディアを見据える。彼女に逃げの余地を与えまいとして。
「君は、アウドナルス帝国の『人造魔神計画』の産物だ。もうすぐアウドナルスの研究施設で誕生することになる人造魔神。違うかい?」
クローディアは、歯噛みしてテュエールを睨みつけている。その無言の答えこそが、何よりの肯定の証であった。
テュエールは気をよくして、声をあげて笑った。
「いいことが分かって感謝するよ。僕がアウドナルスの人間に命じた計画、これからうまくいくんだね。将来が楽しみだ」
クローディアは強がって反論する。怒りで恐怖を必死に薄めながら。
「黙るがよい。そなたの思いどおりに事が運び続けると思うな。そなたはいつか、きっと倒される!」
しかしそれも、冷静なテュエールに即座に否定される。
「じゃあ、君の知る限りでは僕は無事なんだ」
「くっ」
結局、テュエールをますます喜ばせただけに終わった。
「さあ、おとなしく僕に付いてくるんだ、人造魔神。君のレベルでは、僕に対してはまったくの無力だと分かるはずだよね」
彼は有無を言わさず、クローディアに手をさしのべてくる。
「くっ、結局そなたに捕まる運命は変えられないのか」
苦渋の表情を浮かべ、立ち尽くすクローディア。
そんな彼女の背後から、声が響いた。
「そんなことは……させない!」
そう叫んだのは、ジョーだった。その声は震えている。
驚いてクローディアが振り向くと、ジョーが拳を握りしめてテュエールを睨んでいた。
必死に勇気を振り絞って叫んだらしく、及び腰になって睨み上げている。
「ジョー、言ったであろう、そなたは逃げよと!」
ジョーは恐怖で荒くなる息を懸命に整えながら、これに反抗した。
「嫌だ。怖いけど、でも僕は逃げたくない。
クローディアは僕の話を信じてくれた友達だ。友達を見捨てて逃げたくなんかないよ」
そしてジョーは、クローディアの前に立ち、彼女をかばった。
それを見たテュエールは、ジョーを嘲笑する。
「殊勝なことだね、人間。でも、君はまったくの無力だ。そういうのを蛮勇って言うんだよね。
それを思い知らせてあげよう、君を消し去ることで。
あ、でも死んだら学べないけど、まあいいか」
テュエールの掌が黄色く輝きだす。やがてそれは、黄色い光球となった。おびただしい熱が、そこから発せられている。テュエールはその光球をジョーにぶつけるつもりなのだ。
それに対して、クローディアが必死の抵抗に出た。
「させぬ!
Dauza! Rauza-ann! Dauza-palt-mehnu-mehnu-stol! Maximum Shoot!」
彼女は一気に呪文を唱えきり、持てる最大の攻撃魔法をテュエールに叩き込んだ。主神オーゼスの神聖魔術だ。
目を灼く青白い光の矢が4本、クローディアの手から放たれた。そしてそれは、目にもとまらぬ速さでテュエールに突き立った。
「言ったはずだよね。君のレベルでは僕には無力だって」
テュエールには、傷一つすらなかった。高位神の持つ桁外れの魔力をもって、下位神であるクローディアの行使した力を無効化したのだ。
戦慄するクローディアをよそに、テュエールは片手をあげ、軽く一振りした。
するとそれだけで、空気が熱を帯び、大爆発を起こした。
「うわっ!」
ジョーと護衛の騎士は、なすすべもなく吹き飛ばされ、地に叩き付けられた。
「さあ、もう一度言うよ、人造魔神。僕に付いてくるんだ。嫌だと言うなら、今度は麓の町を吹き飛ばしてやるよ」
万事休す。クローディアは覚悟を決めてうなだれた。
「待て」
クローディアの背後から、再び声がした。ジョーだ。
額から血を流しながら、ふらつく足で立ち上がった。
「僕の友達に手を出すな」
これほどの圧倒的な力を見せつけられて、傷を負いながらも、ジョーは引き下がらなかった。自分の中の恐怖と必死に戦いながら、あくまでクローディアを守ろうとした。
「やめよジョー! そなたは逃げるのだ! 私はこれ以上、愛するそなたに」
先立たれたくない、と言おうとした。しかしジョーの叫びに遮られた。
「クローディアは守ってみせる!」
そんなジョーに、テュエールが冷ややかに訊く。
「どうやって?」
ジョーはクローディアをかばいながら、言った。
「『光の戦士』に会ったとき、僕は技を一つ教えてもらったんだ。禁忌とされる技を」
そう言いながら、ジョーは腰に吊っていた長剣を抜き、構えた。
「未来の自分の力を借りて使う技。未来の自分の勝利を代償にして使う技。
未来の僕がどれだけ強いかなんて分からないけど、お前みたいな奴に通じるかなんて分からないけど……使ってみせる!」
そして彼はつたない構えをとり、技の名を叫んだ。
「いくぞ! 時空剣!」