第11回

光風暦458年11月25日:時空剣が見せたもの

『確かにね。そう考えれば説明はつくよ。でも納得できない。これまで僕が、いや僕達がしてきたことが、正しくないはずなんてない』


 ジョーが技の名を叫んだ次の瞬間、大地が大きく震えた。

「な、なんだって」

 テュエールが、思わずつぶやいた。

 ジョーが新たにまとった気迫。それは、すべてを覆い尽くさんばかりの、途方もない強さだった。

 抗しがたい、絶対の力。敵には有無を言わさずそれを納得させ、味方を優しく包み込む。そのような不思議な雰囲気が、周囲に満ちていた。

 それを醸し出しているのは、ジョーの持つ魔力であった。技によってあり得ないほどの水準まで高められたジョーの魔力が、気迫となって周囲を支配しているのだ。

「(これが、ジョーの未来の力)」

 あまりにも強いその魔力に、クローディアは無意識のうちにひざまずいていた。

「(しかし、未来とは言うが、いつの時点の力なのか?)」

 その答えは自明だった。クローディアの目の前で、ジョーがテュエールと戦った時点の力だ。

 あの時ジョーは、確かに「『時空剣』の反動」と言っていた。そしてレベル182だという彼の攻撃は、不思議なほどにテュエールに通じていなかった。

 その時に発揮できたはずの戦闘能力が、いま行使されようとしているのだ。

 だが、あの時のジョーは、このように圧倒的な気迫を放っていなかった。

 この疑問に対する答えは、すぐに導き出せた。

 未来のジョーは、自らの力を熟知していて、その制御の術も心得ていたのだ。だからこそ力をさらけ出すこともなく、あれほどに道化を演じることができたのだ。

 裏を返せば、抑制せずに力を解放すれば、目の前のジョーのようになるということであった。

 クローディアの予想は、まるで外れた。意外にもよい方向に。

 圧倒的ではないか。

 彼女は、思わず固唾を呑んだ。

「はったりだよ、そんなの。

たかが人間の子供ごときが、まともに戦えるはずなんてないだろ」

 テュエールがかすかに笑顔を引き吊らせながら、ジョーに襲いかかった。まるで瞬間移動でもしたかのような速さで。

 彼が大地を蹴った次の瞬間には、彼の顔がジョーの顔とぶつからんばかりの近さにあった。

 そしてテュエールは、そのままジョーの顔に拳をふるう。

「何だって……嘘だろ」

 ジョーは、文字どおり神がかったテュエールの速さに追随して、しっかりと彼の拳を受け止めた。

 しかもその力たるや、尋常ではなかった。

 ジョーは身じろぎ一つしないまま、テュエールの拳を握って立っている。

「これが、未来の僕の力なのか」

 驚いているのは、ジョーも同じだった。呆然となっているジョーが手の力を緩めたときに、慌ててテュエールがその手を振りほどき、距離をとる。

「どうして? 君は人間のはずなのに、どうしてそんな力が」

 テュエールの拳が、わなわなと震える。

 そして彼は現実を認めず、逆上してジョーに襲いかかった。

「こんなの認めない! いんちきだ!」

 彼は何度もジョーを殴りつけ、蹴りつけた。しかしジョーは、そのすべてを易々と打ち払った。その一撃一撃の威力たるや凄まじいもので、そのたびに周囲が大きく震えるほどだったが、まるでジョーには効いていない。

 ついにテュエールは、どこからともなく長剣を召喚して握ると、本気でジョーに斬りかかった。

 その時、激しい火花が周囲に飛び散った。

 ジョーが自らの剣で、テュエールの剣を打ち払ったのだ。

 状況がしだいに飲み込めてきたジョーは、テュエールを睨みつけ、一歩前に出た。

 テュエールは、それに気圧されて後ずさる。

「おとなしく帰ってくれ。僕もこの力が怖い。できれば使いたくない」

 ジョーはテュエールに警告した。

 しかしテュエールは聞き入れなかった。

 そしてもう一度ジョーに斬りかかるが、やはりジョーはテュエールを上回る速さで剣を合わせ、打ち払った。

 そしてジョーは、剣を構え直すと、無言で反撃を開始した。

 一撃でテュエールの剣は断ち切られ、彼の片腕が吹き飛んだ。音速を超えるその斬撃によって、雷鳴のような衝撃波が起き、彼らの周囲をも砕く。

 ジョーはもう一度テュエールに斬りかかる。今度は彼の片足が、造作もなく切り落とされた。

 神は強大な魔力を用いて自らの体を防御しているが、そうしたものを意にも介さないほどの威力をもって、不可視の防御壁ごと神の体を切り裂いているのだ。

「いったい、この人間の力は、どこからくるんだ。くっ、仕方ない」

 実力を行使されたことによって、ようやく危機を実感したテュエールは、ここで逃走を決めた。剣を止めて出方を待つジョーの前で、テュエールは忽然と姿を消して逃走した。

「今のところは退散してあげるよ。でも覚えておくんだね。

僕は神だ。そして神は不滅だ。人間の力では、どれほど神にダメージを与えても、その存在自体を消し去ることはできない。

準備を整えて、僕はまた必ず君達の前に現れる。そしてその人造魔神を手に入れながら、この世界を潰してあげるよ」

 こうして、すんでのところでクローディア達の危機は回避された。