世界と黒天王4・第5回

光風暦471年6月10日:世界に仇なす者

 その夜、ジョーはランス、エリシアとともに、宿の食卓についた。クローディアと会ってひとしきり話した後のエリシアは、宿を出る前よりは幾分すっきりした顔立ちになっていた。

「その様子だと、クローディアには会えたみたいだな」

 安心した様子で、ジョーがエリシアに微笑を向けた。エリシアは嬉しそうに首肯した。するとそこに、一足先にクローディアを探しに出ていたエブリットが戻ってきた。

「あの様子だと、エブリットは会えなかったみたいだね」

 仏頂面のままのエブリットを見ながら、小声でランスが言った。エブリットは無言で近づいてくると、ジョーを睨んで見下ろした。ジョーは、その冷たい視線に動じる様子もなく、自らの脇の椅子を引きながら言った。

「気は進まないだろうけど、一緒に食事しながら話そう」

 エブリットは、凍り付くような眼差しで、ジョーの目をじっと見つめた。ジョーもエブリットを見たまま、視線を逸らそうともしない。

 やがて、エブリットは不承不承ながらうなずき、勧められた席についた。彼がジョーからどのような心根を読み取ったのかは分からないが、わずかながら溜飲が下がる程度の結果ではあったようだ。

 ジョーは言った。

「飯はまずくなるかもしれねえが、今から俺達がすることになる話は、俺達全員に有用になる」

 エブリットは片眉を吊り上げ、言った。

「あなたの言うことなど信じたくもないですが、今だけは言うことを耳に入れてあげましょう。何なりと話してみてください」

 ジョーはエブリットを見つめ返して言った。

「聞くだけじゃなくて、お前さんからも後で語ってもらう。俺達全員の立ち位置を確認し合うんだ」

 そして彼は、宿の主人が話の聞こえない場所にいることを確認すると、エリシアに向き直り、こう促した。

「まずはエリシア。お前さんが俺に会いに来てくれた理由を、俺達に教えてくれ」

 エリシアはうなずき、凛とした口調で話し始めた。

「はい。私がジョー様のもとを訪れたのは、異世界神に関する動きをお耳に入れたいと思ったからです」

 それを聞いたエブリットの様相が一変した。

「異世界神ですって!?」

 自らの不作法を顧みる余裕もなく、エブリットは食卓に手をついて上体を乗り出し、エリシアに詰問した。

 エリシアは、困ったような眼差しをジョーに向けた。続きを語ってよいのか、伺いをたてているのだ。ジョーはゆっくりうなずき、先を促した。

 そしてエリシアは語った。

「はい。不穏な動きを示している、新たな異世界神があります。その名はイヴァクス・テュエール。『質量』を司る異世界神ということです」

 異世界神と聞いても、普通の人には理解されることはない。世間で語られている概念に、そのようなものはないからだ。しかしエブリットの反応は尋常ではなかった。その異世界神の名を聞いて、彼はますます忘我の境地へと入り込んでいった。

「テュエール……」

 彼は拳を握り締め、怨嗟に満ちた声でその名を復唱した。ジョーはその様子を横目で見ながら、エリシアに話し掛けた。

「そのテュエールは、どんな動きを見せているんだ」

「テュエールはこの国にあって、侵攻を開始しています。

情報によると、1年前には既にこの世界に出現していたようなのですが、これまではまったく動きを見せていませんでした。ですがここ1か月の間に、既に数百人の存在を消去しています」

「そうか。そいつは、早く何とかしなけりゃいけないな」

 渋い顔をして、ジョーは腕組みした。すると、エブリットが怒りに声を震わせながら、横槍を入れてきた。

「何とかなれば、苦労はありませんよ……私はその異世界神を追っているのです。この世界を滅ぼしにやって来た、世界の敵である異世界神テュエールをね」

 そして彼は、エリシアを見ながら付け足した。

「エンジェルのあなたに言葉を返すのは無礼なことなのでしょうが、あえて言わせていただきましょう。あなたの語った内容は、事実の全てではありません。

テュエールは、既に1年前に侵攻行為に出ています。町を1つ、何の造作もなく消し去っているのですよ」

 神ですら知らなかった「テュエールが町を滅ぼした」という事実を知っていて、かつそれに対して激しい怒りを抱いている。エブリットの置かれている境遇は、それ以上語らずとも自明であった。彼は、滅ぼされた町の住人の生き残りで、テュエールに復讐しようとしているのだ。

 エブリットは、沸き上がる激情に身を震わせながら、さらに言った。

「その事実をこの世の神の眷属が把握されていないというのなら、テュエールの力がこの世の神々の力をはるかに凌いでいることになるのではありませんか? まさに、あの異世界神は化け物です。

打つ手など、この世に存在しないのではありませんか? それが存在するならどれだけよいかとは、心から思いますがね」

 エリシアは、消沈してうつむいた。自らが属する神界の矜持を傷つけられた思いもあるのだろうが、テュエールが予想を超えた脅威だと知ったことが大きい。そこでジョーが助け船を入れた。

「確かに、とても厄介なことになってるのは間違いないな。だけど、収穫もあっただろ? な、ランス」

 ランスはうなずき、ジョーの後をこう継いだ。

「うん。僕達の利害が一致することが分かったわけだよね。そのテュエールは、僕達の共通の敵だと分かった。そのことだけでも、意義あることだと思わないかい、エブリット?」

 エブリットは、怒りの色をやや薄めながら言った。

「それは、確かに意外なことでした。ですが、だからと言ってどうなるわけでもなさそうですがね。……ところで」

 彼の冷ややかな目線が、再びジョーに向けられる。

「まだ語っていないことがありますね。あなたは何者なのです?

エリシアさんと私の立場を語ったのですから、あなたからも聞いておきましょう。正体不明の者と共通の敵をいただくのは、まったくもって安心できませんからね」

「もっともだ」

 ジョーは苦笑しながら言った。そして、困ったような顔をする。

「実は俺も、ちょっとばかりそのテュエールと因縁がある。だけど、まさかここで出くわすとは思わなかった。

もともと俺は、別の奴を追って旅をしていたんだ。でも……」

「でも、何ですか?」

 焦れたエブリットが問う。

「これもまた、偶然じゃないんだろうな。ここに行き着くように、そいつに仕込まれたんだと思う」

「回りくどいですよ、あなたらしくもない」

 ジョーは思わず笑った。

「すまねえ、確かにそうだな。そいつってのは、俺が追っている奴のことだ。名前はメイナード・シレスタ。よく分かんねえ奴なんだ。

根っからの武人なんだが、何を考えてるかさっぱりでよ。剛直で、木訥で、無口で、何があっても言い訳もしねえ。そんでもって……」

 遠い目をしながら、ジョーは語った。

「そんな奴の正体は異世界神で、本当の名前はリベ・ガルフェン」

「リベ……神聖語で『世界』ですね」

 エブリットの言葉に、ジョーはゆっくりうなずいた。

「ああ。『世界』を司る『リベの六大神』。異世界神の最高位に座する六柱の神々。そのうちの一柱がリベ=ガルフェンだ」

 そしてジョーは一呼吸の間を取り、続けた。

「俺はそいつと一勝負するために、そいつの行方を追って旅に出たんだ。同郷の相棒、ランスと一緒にな」