第14回

光風暦471年10月1日:世界と黒天王

「くっ。こ、ここまでのものなのか、異世界神の力というのは!」

「あり得ません、このような力が存在するなど」

 クローディアとエブリットが、ガルフェンを直視すらできずにうめく。

 そんな二人の肩に、そっと手が置かれた。

「『魔眼』の持ち主であるリベ・ガルフェンは、『リベの六大神』の中でも最高の身体的能力を持つと言われている。

ガルフェンには君達に危害を加えるつもりはないだろうけど、念のためもう少し下がっていたほうがいい」

 聞き覚えのある少年の声だった。しかし、この場にはいないはずの声。

「テュエール!」

 恐怖で心臓を鷲掴みにされたような気持ちを味わいながら、クローディアとエブリットは振り向いた。

 そこには、まごうことなきテュエールが立っていた。

「心配ないよ、もう君達に危害を加えるつもりはない」

 意外な発言をするテュエールの顔立ちは、少し前の戦闘の時とは別人のように穏やかだった。

 彼は驚く二人を促し、ガルフェンからの距離をとらせた。

「テュエール神、なぜここに」

 フォーラが、ありありと緊張の色を表しながら尋ねた。

「君達と一緒に戦うために、戻ってきたんだ」

 突然の心変わりにしても激しすぎる。ランスが不思議そうに質問した。

「ジョーとの戦いの後に、何かがあったのかい? それにしては短すぎる時間だけど。テュエールが封じられてから、まだ何分かしか経ってない」

 テュエールは、見掛けこそ変わらないが、その心は別個の存在とも思えるほどに変貌していた。

「君達の時間の尺度で言うと、君達にとっては数分でも、僕には3か月ほどに相当する時間だったんだ。それから時を遡って、ここに戻ってきたんだ」

 どこか遠くを見つめながら、テュエールは言う。

「ジョーに敗れた僕は、いったんは『時障壁』を張られて、停時状態の監獄に封じられた。でもそれは、ジョー自身によって取り払われた。

そしてそれから、ジョーに捕らわれたまま、ずっと彼と話していたんだ」

 彼は、これまでの体験を懐かしむような、穏やかな目をしていた。とこしえとも言えるほどの時を過ごして来た彼にとって、懐かしむほど昔のことでもないはずだが、とりもなおさず彼にとっての思い出の深さを如実に表しているのだろう。

「今さら何を話すことがあるんだろう、と思ったよ。何しろ長く生きてきた僕だ。ちょっとやそっとでは、自分の持っている価値観なんて変わらなかった。

でも、ジョーは根気よく僕を説得し続けた。

そして、話すに連れて理解できてきたんだ。ジョーが何を見て戦っているのかが。そして僕のこれまでの戦いが、いかに小さなものだったかということが。

だから僕は、君達のところに戻ることにした。君達と一緒に真の敵と戦うために」

 エブリットが、話の内容を理解はしつつも、不思議そうに問いかける。

「でも、一つ分からないことがあります。ジョーはあなたを倒してから、ずっと私達と一緒にここにいます。ジョーはどうやってあなたを説得したというのです?」

 テュエールは、さもありなんと首肯して、こう説明した。

「『光の戦士』のジョーも、神と同じく自由に時間を移動できるからね。僕を説得しにきたジョーは、今よりもう少し前のジョーだよ。

ほら、ジョーが君達の前から姿を消していた時期があっただろう?」

 「えっ」と声を出さんばかりに、エブリットは驚いた。

「あなたと最初に戦ってから、再びあなたと戦いに戻ってくるまでの間のことですか? その間、ジョー様はあなたを説得していたというのですか?」

 再びテュエールはうなずく。

「そういうこと。君達の前からは、ジョーは3か月ほど姿を消していた。その間に全力で、未来の僕を説得してたんだ。

これからの戦いのことを考えると、その時しか説得の機会がなかったんだってさ」

 エブリットは、右手の人差し指を自らの頬に当てて考え込む。

「でも、ジョーはなぜ、あなたのように時を遡って戻ってきてくれなかったのでしょうね?」

 テュエールは、楽しそうに思わず笑い声をあげてから答えた。

「3か月のこととはいえ、自分だけ仲間より年を取るのが嫌だ。そう言ってたよ。あと、みんなもしっかりしてるからその間のことは大丈夫とも言ってたね」

「まったく、あの人らしいと言いますか」

 エブリットは、ただ苦笑するしかなかった。

 そして彼らがそう話しているうちに、ガルフェンの圧倒的な闘気をひとしきり堪能したジョーが口を開く。

「まったく、さすがだなガルフェン。これは、本当に本気を出さなきゃまるで釣り合わないぜ。

短時間しかもたないけど、技を使わせてもらうぜ」

 そしてジョーは、技の名を口にした。

「霽月流(せいげつりゅう)……魁神操気法!(かいじんそうきほう)」

 ユリが驚きの言葉を口にする。

「あの技の名は、確かランスさんが使ったもの……え、えっ?」

 「雷光の騎士」ランスが、暴走するユリを止めるために使った技、その名が「魁神操気法」だった。

 同じ技だとすれば、その効果も推測できる。この技によって、ジョーの戦闘能力が倍加するはずだ。

 しかし、その予想をもってなお、結果はユリ達の想像を超えていた。

「な、なんて力だ。これが人間の力なのかよ。

まるで……そうだ、宇宙だ。この宇宙そのものだ」

 ディクセンが、顔をこわばらせながら言った。まったくもって、奇天烈な話だというほかなかった。テュエールを易々と破ったジョーの力が、これ以上さらに、いったい何倍に膨れあがったというのだろうか。それは、ガルフェンの未曾有の気迫にすら互していた。あるいは、それすらも上回っているかもしれないほどだった。

「ここまでの力を持っていたとは。これなら僕なんか一撃だっだだろうね」

 テュエールが言った、しかし、さほど悔しそうにも見えない。

「立派になったな、セイリーズ・ジョージフ・ドルトン。

強大な力と、それに呑まれない心。いずれも、戦士には大切なものだ」

「お前さんの口から褒め言葉が出るとはな。俺がここまで来られたのも、ある意味お前さんのおかげなんだぜ」

 両者は再び、顔を見合わせて無言で笑った。

 これから戦おうという間柄には見えない。言葉にできない何か深いつながりが、確かにそこにはあった。

「それでは、いくぞ」

「ああ」

 互いの言葉を合図に、それぞれが全力で斬りかかった。ただ一度だけ。

 あまりにも大きな力の激突であった。誰も見たことのない、壮絶なぶつかり合いであった。

 ジョーが「光の戦士」の力で仲間達を守っていたため、一同に被害はなかった。しかし剣戟と同時に生じた魔力の衝突が大爆発を引き起こし、それが神殿の全てを塵へと変えた。

 固唾をのむことすら忘れて、一同の喉がからからになった頃。もうもうと立ちこめる塵が収まると、そこにはジョーとガルフェンが、剣を打ち合わせたまま立っていた。

 互いに全力をもって剣を振るっていた。しかしその姿勢から、互いが互いを殺すつもりで打ち込んだわけではないことが見て取れた。

 彼らはこの一撃をもって、自らの心を伝え、そして相手の心を知ったのだ。

 やがて、ジョーが剣を引いた。ガルフェンもそれに倣う。

 ジョーは、柔らかな笑顔をガルフェンに向けた。

「ありがとよ。これですっきりできた」

 ジョーがガルフェンにぶつけた問い。彼はその答えを掴んだようだった。それがいかなるものだったのかは、彼の表情が雄弁に物語っていた。

 ガルフェンもかすかに笑みを見せると、言葉少なに語った。

「次に会える時を楽しみにしている」

「ああ。次には、お互いの進む道が一つになっているはずだ。今の一撃でそれがはっきり分かった」

 ガルフェンはゆっくりとうなずいた。そしてこう言い残すと、空気に溶け込むかのようにその場から姿を消した。

「セイリーズ・ジョージフ・ドルトン、そして『運命の戦士達(フェイタル・ウォーリアーズ)』よ、成長の歩みを止めるな。自らの未来を切り開くためにも。

そして最後の敵を倒せた暁には、また戦うとしよう」

 それは彼なりの賛辞であり、応援であり、そして友情の証であった。

 ジョーは武装を解き、仲間達とともに笑顔で神殿を後にした。降り注ぐ日の光が、とても心地よかった。

 後に「黒天王」と呼ばれ、世界の存亡をかけた大戦に挑むことになる彼が、仲間達とともに成長の確かな一歩を踏み出した瞬間であった。

-世界と黒天王・完-