世界と黒天王5・第8回

光風暦461年6月30日:それぞれの思い

『世界を司る、リベの六大神の役割は何かだって? すべての世界の統括だろう? すなわちそれこそが最上位の存在だ』


 合体の秘術「Merge」の習得は、容易なものではなかった。

 エブリットはハイ・ダリスの城に籠もりきりで、アルゴスの指導を受けながら、何日も学習を続けていた。

 その間、ランス達に手伝えることはなく、皆が思い思いに時を過ごしながら、習得の時を待っていた。

 いつテュエールが侵攻を始めるかという恐怖があったため、その時間の大半は戦闘能力向上のための修練に費やされていた。「Merge」での合体対象に選ばれたときに、少しでも仲間の足を引っ張りたくないという気持ちもあって、皆が真剣であった。そうしてフォーラはもっぱら魔法の学習に、残った者は武術の鍛錬にいそしんでいた。

「よし、ひとまずここまでだ。次の模擬戦闘まで、少し休憩しよう」

 「雷光の騎士」の鎧をまとったランスが、ダンとナイに告げた。ランスはともかく、ダンとナイは滝のような汗をかいている。

「さすがです、雷光の騎士殿」

 息も切れ切れに、ナイが言った。

「おかげでだいぶ鍛えられたぜ、ランス。でもこの実力差を、どうやって埋めたものかな」

 額の汗をぬぐいながら、ダンが言う。疲れからか、このように弱気な言葉も出てくる。

「いつまでたっても、俺はみんなの足手まといにしかならないんじゃないか、そんな気がして恐ろしいんだ」

 ランスは、即座にこれを否定し、ダンを励ました。

「同じ気持ちを持ってともに戦う仲間なんだ。足手まといになんてならないよ。

『フェイタル・ウォーリアーズ』は、もともといろんなレベルの戦士が集まっている。

それぞれができることをやることで、今までたくさんの敵と戦って、そして勝ててきたんだ。

大切なのは今の時点の実力じゃなくて、向上心だよ」

 そして自分の手を見ながら、こう付け加えた。

「それに、ダンやナイに簡単に実力差を埋められたら、僕が怠慢だってことにもなる。

僕も、もっともっと強くなるつもりだからね。負けちゃいないよ」

 そして二人を見つめ直して、さらに言った。

「鍛錬は厳しいけど、くじけないで行こう。その先にはきっと、仲間と迎える勝利がある」


 その頃別の場所で、エリシアとディクセン、ユーノも戦闘訓練を行っていた。

「ははは。天使と模擬戦とは新鮮だぜ。天使と悪魔なんだから、本来なら本気の殺し合いになってるはずなのにな」

 こちらは、各自の実力にさほどの差はなかった。ディクセンの言うように、もし本気で殺し合いをしていたら、泥沼の戦いになっていたかもしれない。

「何が言いたいのです、ディクセン?」

 笑いながら物騒なことを言うディクセンの意図を測りかねて、エリシアが問う。

「いや、他意はないんだ。なんて言うか、わくわくするんだよ。以前の俺には絶対にできなかった体験が、こうしてできている。

お前との訓練だけじゃない。このところ毎日、新しい体験ばかりなんだよ」

 これには、ユーノが照れくさそうに同意した。

「まったく、ジョーの奴に出くわしてから、調子が狂いっぱなしなのよね。誇り高い悪魔のプライドが、もうすっかりズタズタよ。

でも、今の自分に誇りがないかっていうと、そんなことはないって思える。

考えてみたら、昔よりずっと大きなことをやろうとしてるんだものね。

以前は天使や人間と馴れ合うなんて恥だと思ってたけど、そう思っていた過去の自分のほうが恥ずかしいのかもしれない」

 エリシアはその言葉を聞いて、はっと目を見開く。

「ははは、成長したなユーノよ!」

「うるさい、あんたが言うな」

 漫才を繰り広げる悪魔達に、エリシアはそっと胸中を打ち明けた。

「私も、以前の自分を恥じています」

 穏やかだが誇り高そうな天使が、自省の言葉を述べた。そのことに驚いて、悪魔達はエリシアに見入った。

「神のもとにあって、私は神の命じるままに行動してきました。それこそが正しいことと信じて。

実際に、正しい行いはしてきたと思うのです。でも、それは私自身で考えてのことではなかった。神から授かったすべてを貫く槍を用いて戦うだけの、単なる装置のような存在だったのです、私は」

 恥ずかしそうに、エリシアは続けた。

「こうして神のもとを発って、ジョー様と再会してからの時間のなかで、私は初めて、自分の意志で世界のすべてのために働きたいと感じました。

神や大恩あるジョー様達だけのためではなく、とても多くの存在のために。もちろん、あなた達のためにも」

「よせやい、照れくさいっての」

「そうそう、悪魔には、もっと毅然とした態度で臨んでもらわないとね」

 照れて慌てる悪魔達を見て、エリシアははにかんだ。そしてはっきりと言った。

「私は、あなた達のことを愛しています」

 それもまた、自分の意志で紡ぎ出した言葉にほかならなかった。


「あまり無理をし過ぎても、効率は上がらないぞ。少し休んではどうか」

 温かな紅茶を持って、アルゴスがエブリットのもとを訪れていた。

 エブリットは必死で学習に打ち込んでいて、その顔には疲労が色濃く出ていた。

「お心遣い、ありがとうございます。国王陛下にお茶をお運びいただけるとは、恐悦至極に存じます」

 エブリットは力なく立ち上がると、丁重に頭を下げた。目眩がして倒れそうになるが、なんとか持ちこたえる。

「こうして没頭ししていると、安心できるのです。その間だけ、あの強大な敵のことを忘れられますので」

「そうか」

 エブリットは、自嘲の笑みを浮かべる。

「情けないことです。私は、テュエールを倒したいと思っているのに、心のどこかでそれから逃避しようとしているのです」

 アルゴスは、その言葉に理解を示し、深くうなずいた。

「無理もなかろう。戦いに恐怖を感じないほうが、異常というものだ。ましてや超絶的な力をそなえた神が相手とあっては、なおさらのことだ」

 アルゴスの気遣いに感謝しながら、エブリットは尋ねた。

「陛下。陛下は、私達がテュエールに勝てると思われますか?」

 アルゴスはしばらく考え、はっきりと言った。

「『私達は』必ずテュエールに勝てるであろう。私はそう信じている」

 「私達は」の部分が妙に強調されたことに対して、エブリットは不思議そうな顔をする。

 するとアルゴスは、まるで悪戯をした子供のように微笑んだ。

「この戦い、貴公達だけに頼っているわけではないということだ」

「どういうことですか、それは?」

 アルゴスは部屋の窓を開け放ち、外の景色を見渡しながら答えた。吹き込む夜風に、髪が幻想的になびく。

「世界を守ることを務めとする『フェイタル・ウォーリアーズ』は、レグナサウトの危機に気付かなかったわけでも、座して貴公達の戦いに頼り切っていたわけでもないのだ。

貴公達と同様に、私達全員が、はるか以前より活動してきている。勝利して世界を守るために。この世界に新たな悲しみをもたらさないために。

やがてその全貌を知る時も来るだろう。今はその事実を心の支えにして、戦い続けてほしい」

 そして彼は、優しく、しかし決然と告げた。

「この戦いは、貴公達だけのものではない。ともに戦っていこうぞ、友よ」