第4回

光風暦471年6月11日:女王の決断

『しつこいね、君の御伽噺は聞きたくないんだ。それが僕への説得だって言うなら、まったくの無駄だよ』


 若き女王マリアニータは、詳しい状況は知らないものの、急を要する状況だとは察しているようで、決して無駄口をきかず、無駄な時間も使わず、その場を取り仕切った。彼女に促され、エドワードが報告を始める。

「異世界神イヴァクス・テュエールが活動を始めました。

監視対象であったテュエールの配下、ウェイン・スレイドと、ハーリバーンのスレイド邸において戦闘が発生。

『西方の聖者』クローディア・グランサム様がウェインに勝利しましたが、その直後にテュエールが出現しました」

 エドワードも、一刻を惜しんで無駄なく話す。

「その結果、私達を逃がすため単身テュエールと戦ったジョーの消息が不明となりました。

しかし、残念ながら敗北した可能性が高く、私達の前に再度現れたテュエールにクローディア様が拉致され、現在に至ります」

 その言葉に、マリアニータは首をかしげる。

「ジョーとは、もしや」

 これには、イングリットが答えた。いつもより心持ち、言葉の紡ぎが速い。

「はい。陛下がわたしに調査をお命じになった旅人『ジョー』のことです。

彼の正体は、ゼプタンツ王、セイリーズ・ジョージフ・ドルトン陛下でした。

それが真実だということは、セイリーズ陛下と行動をともにされていた、こちらのランスさんが保証してくださいます」

 その言葉に、マリアニータが息をのんだ。

 ランスが、すまなそうにマリアニータに言った。

「ごめん、マリアニータ陛下。一言知らせてから来るべきだったんだけど、ちょっと訳ありでね。お忍びにする必要があったんだ」

 しかし、そのことでマリアニータの気分を害することはなかった。逆に彼女は、我を忘れて表情を輝かせた。

「ジョーさん……『運命の戦士』の、あのジョーさんだったのですか!」

 彼女もエリシアと同様、ジョーと面識があり、かつ彼を慕っているらしい。

 しかし、すぐに報告の内容を思い出し、今度はすべての希望を失ったがごとく消沈していった。

「でも、あのジョーさんが戦いの後、消息不明になるなんて……信じたくありません。

ですが、ここで駄々をこねていても始まりませんね」

 無理をして、必死に理性を保とうとしている姿が痛々しかった。

 しばらく沈黙が部屋を支配していたが、やがて拳を握りしめて立ち上がった者がいた。ディクセンだ。

「女王さんよ、今にも泣きそうな顔してるくせに、よく言った。

俺もまったく同じ考えだぜ。あの野郎が負けたなんて信じてやらないぜ、俺様は。

あの野郎は俺様に楯突いて、俺をめっためたに打ち負かしやがった。俺のプライドをズタズタにしてくれた。この偉大なる悪魔の俺様のプライドをだ」

 「とうとう言っちゃったよ、正体を」と眉間を押さえるユーノであったが、もう遅い。

 マリアニータがぽつりと言った。

「悪魔?」

「おうよ。俺様は人間の敵、悪魔さ。でも、もうどうだっていいぜ、そんなこと。

この世界の者同士でいがみ合ってる場合なんかじゃないんだ。俺はお前達と一緒に戦い抜くぜ。

そして戦いに勝ってあの野郎と再会して、もう一戦やらかすんだ。分かったか!

ああすっきりしたぜ、こんちくしょうめ」

 一同は呆然となって、言葉を継げないでいる。

 すると今度は、仕方なさそうにユーノが立ち上がり、白状した。

「ついでに言うと、私もディクセンと同じ悪魔なのよね。

以前はエブリット様の配下として動いてた。ずいぶん好きにさせていただいてたわ。そして、人を陥れることが楽しくて仕方なかった。

でも、エブリット様が追う敵がこんなに大きな存在だって知ったとき、自分の器の小ささを思い知らされたのよね。

あとディクセンは知らないだろうけど、ジョーに負かされたとき、あいつは私に言ったの。『戦いの先にあるものを見定めろ』ってね」

 そして、わざとらしく大きなため息をつく。

「戦いこそが目的そのものだった私の価値観を見透かして、そしてそれを打ち砕いたのよ、あいつは。なんて生意気な台詞だって思った。

あの時は腹も立ったけど、今は思う。そんな台詞を言えるほどの男前なら、何事もなかったかのように、もう一度私達の前に帰ってきてみせなさいと。

そうじゃないと、許さないんだからね」

 すると今度は、フォーラが立ち上がって宣言した。

「私にも、すっきりさせていただけないでしょうか。

私は、皆様すべての敵でした。この場で殺されることも覚悟で申しましょう。私は異世界から来た、テュエール神の守護戦士でした。

主である神を守り抜く義務を負う代わりに、神を殺す力を持った武器と、神を守り続けるための永遠の命とを授かった存在でした。

もっとも、私がジョー様に敗れたことを知ったテュエール神に、守護戦士としての資格は剥奪されてしまいましたがね」

 フォーラの正体を知っていたエリシア以外の全員が色めき立つが、あえてフォーラは続けた。

「テュエール神の忠実なしもべであった私は、事あるごとに『運命の戦士』ジョー様に邪魔され、ジョー様を殺したいほど憎んでいました。

ですが私を破ったジョー様は、その気持ちを私に返すことをしなかった。あろうことか、世界の敵である私を生かしたのです。

それがなぜなのか、私にはまだ分かっていません。ですが、このまま戦って生き抜いて、ジョー様の真意を確かめたいと思うようにはなりました。

だから、私も皆様とともに戦いたいと思っています。これが今の私の、偽りない本心です」

 胸のつかえが取れたフォーラは、それだけ言うと周囲の裁定を待った。

 一同の視線が、マリアニータに注がれる。

 マリアニータはそれまでの悲しみを懸命に押さえながら、柔らかな笑顔を見せた。

「皆様の言葉、とても心強く思います。私も、しっかりしなければなりませんね」

「では、このような私達を、あなたは受け入れてくださるのですか?」

 フォーラの問いに対し、マリアニータは晴れやかに答えた。

「もちろん、最大の謝意をもってお迎え申しあげます。

それに、ご心配には及びませんよ。私達『運命の戦士達(フェイタル・ウォーリアーズ)』には、既に様々な境遇の戦士達がいるのですから。ね、ランスさん」

 ランスも、嬉しそうに、そして誇らしげに言った。

「うん。とんでもない存在もたくさん混じってるから、会えばびっくりするよ。

たぶんその中の誰かとは、この先の戦いで会えるはずだ。だから期待していてね」

 その陰で、ダンとナイがひそひそ話をしている。

「俺達、とんでもない仲間と一緒に戦おうとしてるんだな」

「ええ。驚くことがいっぱいで、絶望する余裕もありませんね」

 そして二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 その横で、ランスが明るく告げる。

「さて、マリアニータ陛下。ここから先は対策を決める時間だ。どうすればいいか、知恵を出し合うとしよう」

「はい。国防のことは、諸外国と連携しながら段取りを進めてまいりますが、皆様には別の提案がございます」

 そう言うマリアニータは、知力と気力に満ちた、いい目になっていた。

「どのような提案ですか?」

 エブリットが尋ねる。

 マリアニータは一同を見渡して、こう言った。

「皆様には、フォルテンガイム連合王国にあるハイ・ダリス王国に向かっていただきたいのです。

そこで国王のアルゴス・イズナレイ陛下に会って、彼の持つ『合体の秘術』を授かっていただきたいのです」