第2回

光風暦471年5月31日:戦士の足跡

 静かに降り続く雨の中、三人は宿を見つけ、その戸口をくぐった。

 その宿は石造りで、一階が食堂で二階が寝室という、この時代にはよくある様式だ。

 天気のせいで薄暗い一階の中を、温かな色のランプの光がほのかに照らしている。

 色白で恰幅のいい主人が、奥から穏やかな声を三人にかけてきた。

「いらっしゃい。雨のなか、大変だっただろう」

 その言葉に、三人の表情もほころぶ。

「お心遣い、感謝申しあげる」

 口調は相変わらずだが、優しい声でクローディアが言った。

 主人はやはり少しばかり驚いた様子だが、どこかの名家の令嬢だと思ったようで、それ以上疑問を抱くことはなかったようだ。

「今夜の食事と宿にありつきたいんだけど、いいかな」

 と、今度はジョーが気さくに言った。

 主人も笑顔で、もろちんと言い、両腕を広げて歓迎の意を表した。

「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」

 ランスが丁寧にお辞儀して、そして三人は部屋へ通され、荷物を下ろして一服した。

 その晩、三人は食事をとりながら、主人と話していた。

 主な話題はここまでの旅のことなどについてだったが、その中でジョーが主人に尋ねた。

「ちょいと、その旅の関係で教えてほしいんだけど、いいかな」

「もちろん。私で分かることなら、何なりと」

 食事をとる手を休めて、ジョーは主人のほうに向き直った。

「この町に、メイナードという男が来たかどうか。

何か知ってたら、教えてもらえないだろうか」

「メイナード……」

 主人は腕組みをして、しばらく考えていたが、すぐに何か思い当たったようで、手を叩いた。

「ああ、確かに来たよ。銀色の髪の、大きな剣を背負った人だった。

だいぶ前だけど、この宿で一泊していったよ」

 その言葉にジョーは、にかっと笑う。

「ありがたい。ちょっと訳ありで、そいつを追ってるんだ。

そのメイナードは、一泊してからどうしたかは分からないだろうか」

 この会話からジョーはメイナードの追っ手だということになるが、そのジョーの顔色からは、追っ手によくある物騒な雰囲気が感じられない。それで主人も安心して、知っていることを彼に披露した。

「少しだけなら知ってるよ。

一泊した翌朝、メイナードさんはこの町の外れのお医者様を訪ねに行かれた。残念ながら、そこから先のことは分からないけどね」

「町外れのお医者様?」

 思わずジョーは、おうむ返しに尋ねる。

「ああ。ソーンさんという方でね。

この町の人なら誰もが知っている、そして誰もがお世話になっている、立派なお医者様だよ。

そのメイナードさんの消息も、きっと何かご存じのはずだから、明日にでも会いに行ってみたらどうだい?」

 そう言う主人は、とても誇らしげな様子だった。ソーン医師がどれだけ尊敬されているかが、そこから伺えた。

「ありがとう。ぜひそうさせてもらうぜ」

 その話を聞いたジョーも、とても満足そうだった。


 翌朝、三人は町外れに向かった。

 昨日とはうって変わって、抜けるような晴天だ。

 朝から気温が上がり、水を含んだ土から立ち上る湿気に満ちているが、気になるほどではない。

 鳥のさえずる並木道を、三人は歩いた。

 その途中、ランスがふと足を止めた。

「ねえ。向こうから誰か来るね」

 ランスは目を凝らして、先を見つめている。

「お、本当だ」

「医師殿に診てもらった、町の住人だろうか?」

 ジョーもクローディアも口々にそう言って、近づいてくる人影を見ている。

 が、やがて彼らの表情が、同時に変わった。

「少なくとも患者さんってわけじゃ、ないみてえだな」

「そのようだ。なぜここにいるのか」

「さあ。とにかくこの先、平穏無事には済みそうにない予感がしてきたよ」

 クローディアやランスは、眉間と口角に深いしわを寄せている。

 ジョーは驚きつつも、呑気ににやにやしている。

 やって来るのは、ここまでの旅で二度出会った金髪の剣士、エブリット・リージだった。

 エブリットもやがて三人に気付き、手を挙げてにこやかに挨拶してきた。

「また会いましたね、クローディアさん、救世者殿。そしてその他一名」

 その他一名ときた。ジョーは、クローディアにのみならず、エブリットにまで虐げられ始めたようだ。

 しかしジョーはまったく気にしていない。

「よう。そんなに俺様のことを意識しなくたっていいだろうがよ。

やっぱあれか。この前の武道大会を見て、俺様を生涯のライバルとして認めたってところか?」

「誰がですか!」

 むきになってエブリットは否定する。

 しかしその様子を見ていると、実は図星をさされているのかもしれない。

 イルバランの武道大会でのジョーの立ち回りは、一見滅茶苦茶だったが、真に一流の戦士が見れば尋常でないと分かったはずだからだ。

 エブリットは続けてこう言い、取り乱した自分を努めて取り繕った。

「まったく、あなたと話していると頭が変になりそうです。

クローディアさん、救世者殿。やはりあなた方も、ソーン殿に会いに行かれるのですね?」

 友のようにエブリットと接するジョーと違い、とくにクローディアは警戒心をむき出しにしている。

 それゆえ彼女は、無言でただうなずくのみだった。

 エブリットもジョーと同じくなかなかの厚顔の主らしく、そんなクローディアの様子を意にも介さない。彼は平然とこう言って、そして颯爽と立ち去った。

「期待して行かれるとよいでしょう。

先程お話をしてまいりましたが、あのソーン殿、なかなか興味深いお考えを持った方でした」