世界と黒天王2・第16回

光風暦471年5月27日:魂の総仕上げ

 ヒューイは、リリベルの言葉をを聞いて鼻で笑った。

「『神の怒り』の力を引き出したとき、俺の生命力を吸い尽くしたってことだろ。

知ってるさ。

特訓してる間に、司祭様やジョーから全部聞いたよ」

 彼はそう言って、リリベルの目をまっすぐ見つめる。

「でも、それがどうしたってんだ!」

 リリベルは、その言葉にびくっとおののく。

「だから先生は負い目を感じて、俺達の前から逃げたんだろう!

そんな過去があるから、俺が先生を許さないだろうって思ってるだろう!

俺は、そんなチンケなことなんか、これっぽっちも思ってない!

だって俺は……」

 ヒューイは、自らを奮い立たせて叫んだ。

「いつでも俺やみんなのことを思ってくれる先生が、とっても大事だから!」

 そして、ありったけの声を振り絞って言った。

「先生のことが大好きだから!」

 リリベルの頬を、涙が伝った。

「ありがとう、ヒューイ……ありがとう」

 彼女を縛っていた魔法は、この時ついに、その効力の全てを失った。

 ヒューイはその様子を見て、にかっと少年らしい笑顔を見せる。

「礼の言葉はまだ早いよ、先生。

これからの総仕上げの後にしてくれないかい」

「いったい何を…?」

 戸惑うリリベル。

「俺が先生に勝つんだ。全力の勝負でね。

それで全部にけりをつける」

「ヒューイ……」

 なおも不安そうにするリリベルに、ヒューイは言った。

「先生に、その剣の力を使ってほしい。そのうえで、俺が勝ってみせる。

そうすれば、誰にも文句は言わせず先生は神殿に戻れるし、過去のことも割りきれるはずだ」

 そしてヒューイは大きく深呼吸して、大声で宣言した。

「何が担い手だ。何が古くから伝わる剣だ。

手にする人に、こんなにも辛い思いをさせる剣なんかいらない。

町に危機が迫ったら、一人じゃなくてみんなで戦えばいい。『神の怒り』の力なんかなくても、それはできる。

そんな剣、俺がぶっ壊してやる!」

 心を打たれ、涙を流し続けるリリベルは、辛そうにかぶりを振る。

「でも、この剣の力を使ったら、私はまたヒューイを……殺めてしまう」

「心配ないよ、先生。

たくさんの気持ちを背負って、俺はここにいる。

先生に無事に戻ってきてほしいという、神殿のみんなやランスさん、クローディアさんの気持ち。

こうするために剣を貸してくれたジョーの気持ち。

そして、俺自身の気持ち。

全力で来て、そしてみんなの気持ちの大きさを知ってくれ」

 リリベルは迷ったが、やがて小さくうなずき、構えをとった。

 リリベルの持つ「神の怒り」に、白い燐光が集まる。

 「担い手」によって引き出された剣の力が、周囲の人々の生命力を吸い取りつつあるのだ。

 この力を爆発的な攻撃力に変換して、相手に撃ち込むのだ。

 そして攻撃対象であるヒューイは、間近にいるため、ことのほか多くの生命力を吸われているようだ。

 時間をとるとまずいと判断したヒューイは、全身全霊の力を込めて、「勝者の剣」を引いて構える。

 するとその時、周囲の空気が大きく、そして重く震えた。

 ヒューイの思いに、「勝者の剣」が応じ、秘めた魔力を発揮したのだ。

 その結果、「神の怒り」へ向かう燐光が、一瞬で霧消した。

 魔剣の力を、聖剣が抑え込んだのだ。

 リリベルは、その結果に驚きつつも、剣を大きく振りかぶり、そしてヒューイめがけてまっすぐ斬り下ろす。ここまでで生命力を吸いとって蓄えた力でも、相当なものだ。その力が解き放たれると、ヒューイは消し飛んでしまうはずだ。

 対するヒューイも、裂帛の気合いとともに、「勝者の剣」を振り上げる。

 そしてニ本の剣は、再びすさまじい勢いでぶつかり合い。

 「勝者の剣」が、「神の怒り」の刀身を真っ二つに斬り裂いた。

 勝敗は決した。

 その様子を見届けた「運命の戦士」ジョーは、フードの男に言った。

「思いの力は、かように大きい。それを軽んじた貴様に勝ちなどない」

 ほぞを噛むフードの男に、さらにジョーは告げる。

「最初に言った伝えたいことの残りだ。

今回は見逃してやるが、次はない。

下らぬはかりごとを続けるならば、次は俺が手を下す。覚悟せよ」

 それだけ言うとジョーは身を翻し、その場から立ち去った。

「おのれ『運命の戦士』……『我等』を敵に回したこと、必ず後悔させてくれる。

このままで済むと思うな……」

 取り残されたフードの男は、うめくように怨嗟の声をあげ、ひとりごちた。


 大歓声に包まれて、優勝の祝辞を述べられているヒューイを見ながら、ランスはエブリットと話していた。

「リリベルさんは負けて、剣は破壊されたのに、あまり悔しそうじゃないね」

「ふん。何もこの剣でなければならない訳ではありませんからね。

また次を探すまでのことです。それに……」

「それに?」

「誰が何のためにか知りませんが、いらぬ横槍を入れてきたのです。

結果的にそれも阻めたのですから、よしとしますよ、今回は」

 と言って、エブリットは肩をすくめた。

「うん。いったい、誰が魔法をかけたんだろうね」

「さて……実は見当はついているのですが、もしそれが当たっていたら、この先少々厄介になるとは思います。

ですが、そもそも私の目的は、彼らを……」

 遠い目をしてそう言ったところで、エブリットは我に返った。

「いささか饒舌になり過ぎたようです。これ以上話すのはやめておきます」

 そう言った彼は、心なしか悲しみをたたえているようにも見えた。

「救世者殿、またいずれ、あなた方の前に現れます。まだ『西方の聖者』の力を手に入れることを、諦めてはいませんので……」

 そう言い残し、エブリットは手を挙げてその場から立ち去った。


 ヒューイが見事に優勝をおさめた翌日。

「なんだよ、みんなもう行っちゃうのかよ」

 神殿の前で、ヒューイが残念そうにジョー達に言った。

「おう。一応、目的あっての旅だからな。

そろそろ、次の町に移ることにするぜ」

 他の子供達も、口々にジョー達を引き留めようと言葉をかけるが、残念そうにするジョーに、首を横に振られた。

「旅が終わったら、また顔を出しに来るぜ。だからそれまでの辛抱だ」

 そう言うと、子供達は不承不承ながらも、どうにか納得して引き下がった。

「本当に、皆様には何とお礼を申しあげればよいか……こうして、今まで以上に幸せに神殿での暮らしが続けられるのも、皆様のお力添えのおかげです」

 見る者の心を癒すような清らかな笑顔を見せつつ、リリベルが低頭した。

「ううん、ヒューイの頑張りのおかげだよ。

そして、ヒューイが勇気を出して打ち明けた心に応えられたリリベルさん、あなたのおかげでもあるんだよ」

 と、にこやかにランスが言った。

「そのとおり。人は仲間のために力添えはできる。

しかし最後に未来を決するのは、ほかならぬ自分自身なのだ。

幸せな日々を取り戻せた自分自身を、誇ってよいと思う。

ヒューイ、あなたもだ」

 と、相変わらず堅苦しい言葉で話すクローディアも、とても嬉しそうに微笑んでいる。

 リリベルは、ヒューイとともに、改めて心から一礼した。

「……で、だ」

 一礼し終わって顔を上げたヒューイは、じっとりとジョーを睨んだ。

「ん?」

 突然の変貌ぶりについて行けず、間延びした声で答えるジョー。

「やい悪のザコ。俺の決勝の間ずっと、どこに行ってやがったんだよ!

あれだけいろいろ言って俺をけしかけたくせに、肝心の時にいないって、どういうことだよ」

「え? ん、ああ、あれはだな!

ええっと…そうだ! あの時突然、猛烈に腹が痛くなってよ。

そう、そうなんだヒューイよ!」

「……なめた言い訳すんな、ザコっ! 今すぐぶった切る!

返したその剣、もう一度俺によこせ!

決勝ん時の俺の技、直接思い知らせてやる!」

「うお、やめろヒューイ! 先生はそんなことをするために、お前に剣術を教えたんじゃねえぞっ」

「黙れザコ! 俺の先生はリリベル先生だけだ!

さあいくぞ!」

「ぎゃああっ! お、お許しをっ先生!」

「誰が先生だこのザコ!」

 以前のレイザンテに続いて、またもこうした幕切れとなってしまった。


「ランス殿、少しよろしいか」

 本気なのか遊びなのか判断つきかねる様子で暴れる二人を見ながら、ヴァルターが小声で問う。

「はい、何でしょうか?」

「あのように振る舞っているが、彼は……ジョー殿は、ただ者ではないように見受けている。

実は、『西方の聖者』クローディア殿や、『救世者』ランス殿をも凌ぐ存在ではないのかと。

教えてはいただけぬか、彼が何者なのかを」

 ランスは、数瞬の間、笑顔でじっとヴァルターの目を見つめ、そして他の者に聞こえないように言った。

「あの剣の、正統なる所有者です」

-完-