第6回

光風暦471年5月11日:闇へ追われて

 そこには修羅場があった。

 あまりにも突然の暗転の末、救い主は一瞬にしてその立場を変えた。

「パメラ、返事をしろ! 頼むよ!」

 女性を抱えて叫ぶ男性。

 しかし返事があるはずもないことは、誰の目にも明らかだ。

 それほどに彼女の火傷はひどく、既に事が終わってしまったことを物語っている。

「私は……私は」

 血色を失ったクローディアは、すがるように一歩、町の住人達に近寄る。

 しかし、反応は無情だった。

 一様に恐れの表情を浮かべた住人達は、一斉に後ずさり、クローディアが詰めた以上に距離をあけた。

 震える声で、住人の誰かが言った。

「何てことを」

 クローディアは、口を動かして何かを答えようとするが、動揺のあまり言葉にならない。

「信じていたのに」

「恐ろしい力」

「魔女だ」

 絞り出されたような声が、次々と飛び交う。

 先の言葉で、たがが外れたかのように。

 その言葉の一つ一つが、クローディアを突き刺すように苦しめた。

 しかし、それでもなお終わりではなかった。

 誰かが、声を荒げて叫んだ。

「そうだ。クローディア様は、自分が人間ではないと言っていた!」

「恐ろしい存在!」

「人間の敵!」

 クローディアはもはや前を見据えることもできず、生気を失ってうなだれている。

 ランスが叫ぶ。

「みんな、そんな言い方ってないよ!

クローディアは、みんなを助けようと頑張ったのに!」

 しかし、住人の反応はあくまで頑なだった。

「でも、人が死んだんだぞ!」

「そうだ。俺達の仲間が死んだんだぞ!」

「恨むなって言うほうが無茶じゃないか!」

 ランスは、拳を握りしめて再び叫ぶ。

「何てことを言うんだ!

クローディアが戦わなかったら、みんな死んでたかもしれないんだよ!」

 しかし住人も、クローディアに向けた矛先を収めることはしない。

 泥沼的な様相を呈してきたが、そうするうちに、住人の中から一人の男性が進み出た。

 町の長らしい。まだ若いが、その眼差しには他の者とは違うものが感じられる。

「確かに、払ってくださった労力、そして私達への気持ちには感謝しなければならない」

 長は、理性を保って言葉を紡ぐ。

 しかし、続けて出た言葉は、温かなものとはなり得なかった。

「でも、こうなってしまった以上、許すわけにもいかないんだ。

すまないが……この町を出て行ってほしい」

 彼はそう告げることに苦悩の様子を見せつつも、結局その姿勢を変えることはなかった。

 そしてクローディアは、ジョーとランスに連れられて、町を出ることになった。


「野宿になっちまったな」

 と言って、ジョーが肩をすくめる。

 日が暮れて、ジョー達三人は、火を囲んで野営をしていた。

 昨夜の境遇とは天地ほどの開きがある。よくぞここまで堕ちたものと言わんばかりに。

 レイザンテの町からはいくらも離れていないが、町の灯りはここまでは届かない。

 満天の星空の下、薪のはぜる音だけが響く。

「すまない、私のせいで」

 クローディアが低頭する。

「気にすんなって。俺達、野営は慣れてるからよ」

 ジョーは気持ちよさそうに伸びをした。気にしている様子は本当に感じられない。

 続いて薪をくべながらランスが顔を上げて、クローディアに尋ねる。

「それよりクローディアが心配だよ。野営で我慢できる?」

「ご心配かたじけない。私も旅が長いゆえ、野営に抵抗はない」

 そして彼女は、微笑みながら軽く握り拳を作ってみせた。

 その様子を見て、ランスは少し安心すると同時に、憮然とした顔を見せる。

「それにしてもひどいよ、町の人達。

これが恩人に対する扱いかい?」

 改めて、先の事に対する怒りが湧き起こってきたのだ。

 しかし、クローディアの面持ちは涼やかだ。

 すっかり落ち着きを取り戻して、泰然としているように見える。

「いや、これでよいのだ。自分のしたことの責を負うのは、当然のことだ」

「でも」

「よいのだ。人々は悪くない」

 そして、ランスを慰めるかのように、にこりと可愛らしく微笑んだ。

 しかし、ランスはまだ釈然としないらしい。

「クローディア、大丈夫かい?」

「うむ。あの直後はこたえていたが、ランス達のおかげで今は立ち直れている」

「そう。なら……いいけど」

「心配いらぬ。仮にも『西方の聖者』と呼ばれた身だ。

そこまでやわな精神は持ち合わせておらぬ」

「……うん」

 これでようやく、三人の会話は落着した。


 そして夜が更けて。

 彼らは三交代で見張りを立てつつ、眠りをとっていた。

 見張りを立てるのは、魔物や獣に寝込みを襲われる危険性があるため。

 旅人や冒険者の間では、これは基本的な作法として定着している。

 最初はクローディアが、次にランスが見張りを務め、今はジョーが最後の見張りをしている。

 と言っても傍目には、ただ座って星を見ているだけのようにも見えるのだが。

 何事もなく、時が静かに流れる。

 風もなく、ただ焚き火の音だけが響いている。

 ジョーは、ふとクローディアに視線を投じる。

 彼女は、落ち着いて眠っている。

 ジョーは、再び視線を彼女から外した。

 そして、ジョーの見張りの時も終わろうとしていたのだが。

 クローディアが不意に寝返りをうち、言葉を発した。

「私は、私は」

 寝言なのだが、苦悶の表情を浮かべている。

「私を……捨てないで……みんな」

 彼女はうめくようにつぶやいた後、こう言った。

「ジョー、ランス。助けて」

 ジョーは、そんな彼女を見て。

 小さく溜息をついて、軽く自分の頭を掻いて。

 一言つぶやいた。

「ちっ。仕方ねえな」

 誰にも見届けられることのない、いつになく真剣なその表情を、新たな日を告げる曙が密やかに照らし出していた。